第2話 ライド×ウルズ

 大家族のホガッタ家では、誕生月と年を表すタトゥーを子供に施すのが慣わしとなっていた。

 元々は祖母のセシルの母国で行われていた習慣で、アークがセシルに倣って彫ったのをきっかけに、ホガッタ家で行われるようになったのだ。

 タトゥーの柄はノースが使っていた暦に沿ったもので、5月生まれのライドには紫水期雨月の証が、10月生まれのウルズには紫水期蒼龍月の証が彫られた。

 ウルズの左腕に彫られた蒼龍があまりにも見事で、ホガッタ家の面々は感心するよりも痛みの心配が先走り、「二度とこんな龍を刻むまい」と心に決めたとか決めなかったとか。

 とにかく、生まれの近いウルズとライドは、実の兄弟よりも仲が良かった。4歳頃まで同じ部屋で過ごし、部屋を分けられた後も姿を見かければすぐにくっついて行動した。

 それは何回誕生日を迎えようとも変わる事なく、二人は元気にスクスクと育っていった。

 と言いたいところだが、実際はそうではなかった。

 女の子のライドは健康そのものだったが、ウルズの方が原因不明の発熱によって苦しめられ、長期間床に伏せる事がよくあったからである。

 しかもそれだけではなく、他の子供と比べて明らかに体力と力が無かった。

 その点について医者は「原因不明の発熱と関係があるのかもしれない」と言っていたが、原因不明なので証明のしようがない。また、適切な治療法が見付からずウルズの両親は、熱を下げる看病しか出来なかった。

 原因不明である以上、感染の有無も経路も分からない。大人達は、ウルズが倒れる度に彼を別の部屋に移し、他の子供達に対しては、その部屋には近付かないよう言い聞かせた。

 しかし、中には言い付けを聞かない者がいた。

 そう、ライドである。

 ライドは、大人達の目を盗んではウルズが隔離されている部屋を訪れて、自分が出来る精一杯の看病を施した。

 当然大人達に見付かれば引き戻されるのだが、それでもめげずに何度も何度も訪れた。

 それはウルズが倒れる度に行われ、どれだけ注意されても「大丈夫やから」と言ってやめることは無かった。


 そんな病弱とも言えるウルズであったが、成長するに連れて体調が安定し、8歳になる頃には倒れる頻度が半減していた。

 相変わらず体力と力は他の子に比べて乏しかったが、ホガッタ家の大人達は元気に過ごしてくれればそれで良いと思っていた。

 ところが、体調が安定したらしたでウルズとライドは、つるんで悪戯をするようになった。

 中には周囲の住民を巻き込んでの悪戯があり、2人の両親はその度に渋い顔をした。

 もしかすると、大好きだったアークとセシルが続けて亡くなったのも、2人を悪戯に走らせた原因かもしれない。何れにせよ、悪戯は高頻度で行われていた。

 ただ、分かっているからなのかポリシーなのか、本気で困らせるような取り返しのつかない悪戯はしなかった。

 それに、悪戯と言っても悪いものばかりではなく、追いかけている間に現場が元の状態に戻され、時には悪戯前より綺麗にされている時もあった。何よりも2人は愛嬌のある子供だったので嫌われる事はなく、

「しゃーない奴らやなぁ」

 と見逃されていた面もあった。

 そんな悪戯され慣れている家族や近所の住民達だったが、時折首を傾げる時があった。ウルズとライドの完璧なコンビネーションを目の当たりにした時である。

 打ち合わせしていても練習無しでは無理だろうという絶妙なタイミングで、各自動くのだ。まるで相棒がどこでどう動いているのか、実際に見ているかのように。

 それにはきちんとした理由があって2人も両親に報告した事があるのだが、親達は「はいはい」と聞き流して記憶に留めなかった。

 しかし、聞き流した親達が悪いわけではない。数々の冒険を熟してきたアークとセシルならいざ知らず、「頭の中で会話が出来る」などと有り得ない事を言われれば、誰だって信じはしない。ましてや、悪戯好きの2人の言葉なのだから。

 しかし2人は本当に、不思議な通信手段を身に付けていた。しかもどれだけ遠く離れていようとも会話が出来る優れものだ。

 ただし万能ではなく、長期間離れていると相手の声が聴き取りにくくなって会話が出来なくなる。

 が、悪戯で使う分には何の問題もない、鬼に金棒であった。

 そして、一度は親に報告したウルズとライドだったが、信じて貰えない程の凄い能力を身に付けたのだと理解すると、「これからは黙ってよな」と指切りをして、2人だけの秘密にしたのだった。


 知恵を付け、想像力を働かせ、不思議な能力を目一杯に活用して。連携のとれたウルズとライドの多彩な悪戯は、何度も大人達を驚かせた。

 そうしてとうとう2人は、その元気をお手伝いに回すようにと両親から言い付けられたのである。

 ホガッタ家ではこの8年で更に子供が増え、全員合わせて50人にも上る大世帯となっていた。

 なので手伝い1つ取っても結構な量がある。それに加えてホガッタ家のお手伝いは10歳になってからと決まっていたので、ウルズもライドもその言い付けには「え~っ」と口を尖らせて嫌がった。

 しかし、実際にやってみると意外や意外、性に合っていたらしく、下の子供達の世話をしている内に、「あれも必要、これも必要」と自ら考えて、色々やり出したのだ。

 時には「どちらが早く熟せるか」「どちらが綺麗に仕上げるか」といったゲーム感覚で楽しみ、どんどん家事能力を身に付けていったのである。

 中でも2人が嵌った家事は料理で、大人が付き添ってであるが9歳にして夕食当番の一員となったほどだ。

 こうなると自由時間が減り、自然と悪戯の回数も減っていった。

 他の時間を悪戯に回す案も出たが、そこまでして行う必要もない、出来る時にしようという結論に落ち着いた。アークとセシルの冒険談に夢を見て、『アークのような立派な戦士になって、大冒険をする事』が決まっていた2人には、稽古の時間を削ってまで悪戯する気になれなかったのである。

 病に倒れるまでの間アークは、ウルズとライドに剣術や冒険の知識を教えるなどして、凄く可愛いがっていた。

 ウルズ達もその愛情をしっかり受け止め、子供ながらに真剣に耳を傾けたものである。

「楽しい冒険をするんやで」と撫でてくれた、アークの微笑みと手の温もりが色褪せる事なく心に残り、今でも2人に力を与え続け、アーク亡き後も目標を変える事なく訓練に励んだ。


 そんな風に目指す物が同じでとても気の合う2人だったが、やはり別人格、趣味や性格に違いがあった。

 ライドの方は一応女の子らしさなのか、服装などの見た目にもこだわりを見せる。が、ウルズときたら、美人で有名な母親譲りの容姿をしているというのに、自分を着飾る事を一切しない。人の目を引き付ける容姿が勿体無いほどの無頓着さであった。

 ライドがウルズの為に服を選び、「これとこれ……」と組み合わせれば、素直に買ってそれを着る。なのでウルズを知らない人からすれば、おしゃれにも気を使う男の子といった風だった。

 だがウルズ本人の服を選ぶ基準と言えば、「サイズが合うもの」と「着ていて恥ずかしくないもの」の2点だけ。無地の物が多く、「今日のウルズの服はライドが選んだ物」と分かるぐらいに、2人のおしゃれ感覚は全く違っていた。


 双子の様に息がぴったりなウルズとライド。そのままつるんで大きくなり、一緒に旅に出るのだろうと誰しもがそう思っていた。

 だが、12歳になったある日、まさかの別れの日が訪れたのである。

 ウルズの母の母……つまり、ウルズのもう1人の祖母の体調が良くないという知らせが入り、祖母の住むシティン国に移り住む事になったのだ。

 シティンがあるチュード大陸は海を渡った遥か北にあり、移動に何日もかかるという。

 一応同じ国に住んでいる伯母がいるのだが、実家から遠く離れた場所に住んでいる上に、身体の不自由な義両親と同居している為、あまり様子を見に行けないとのこと。しかも祖父は既に鬼籍の人なので、他に頼れる者がいない状態だった。

 更にシティンは冬になると雪に埋もれる国とあって、体調の芳しくない祖母の一人暮らしは心配でしかなく––––一家は、シティンで暮らす選択をした。



「見送り……行けば行く程引き留めたくなるから、僕はここでね……」

 一台の大きな馬車。そこにホガッタ家の男性陣が、運んで来た荷物を積んでいく。

 その馬車に乗るよう弟と妹に声をかけていたウルズに、ライドがそう声をかけた。

 ここは町の西門前。ノースの守護四神が一つ白虎が守る白虎門の下で、ホガッタ家の見送り組が立っていた。

 チュード大陸行きの船に乗るには、白虎門から出ている馬車に乗って北の国に入り、そこから更に北へと向かわなければいけない。長い道のりだ。


 寂しい……


 馬車に身体を向けたまま、ウルズがポソリと呟く。

 それが風に乗ってライドの耳に届き、ライドは思わず目を伏せた。

 勿論、ライドも同じ気持ちだ。

 引き留めたくて、引き留めたくて、仕方がない。

 ウルズの手を握って、「一緒に帰ろう」と言いたくて仕方がなかった。

 けれどウルズの祖母を思えば、家族が出向くのは当然のこと。我慢しなくては––––。ライドは、引き留めたい気持ちをグッと堪えて、

「怪我したらあかんよ? すぐに行く事出来へんのやから」

 と、ウルズの身体を気遣った。

 当分の間会えないのだから、ウルズの目を見て話をしたいと思うのだが、どうしても彼の灰色がかった青い瞳を直視出来ない。いつもなら平気なのに……と、手を握る。

 熱を出したり怪我をしたり–––そんなウルズを傍で見て、医者から応急処置や治療法を習ったのはライドだった。

「そやな、看てくれるヤツおらんしな、気ぃ付けるわ」

 そんなライドを暗に示してウルズは笑って言ったが、その表情に寂しさは隠し切れない。常に一緒に居たライドが相手だと、尚更バレバレだ。

「冒険者になったらすぐに会いに行くから……って、年始祭には帰ってくるんやっけ。何言うてるんやろな僕。年に一回は帰ってくるヤツに会いに行くはないよな」

 ライドがいつもの様に、しんみりとした空気を冗談で紛らわせようとする。が、これもいつも通りにはいかなかった。

 ウルズはそんなライドに近付いて肩に手を乗せ、

「俺も冒険者になるために毎日頑張るから、約束通り一緒に冒険しよな。じいちゃんらに負けんような大冒険しよな」

 と、言った。

 笑わせようとしたライドの気持ちを汲んで笑顔で応えたウルズだったが、その目は赤い。

 ウルズに見つめられたライドも同じで、明るい茶色の瞳が次第に濡れていく。

 周りではライドの妹や弟、それから、他の小さな子供達が泣きながら『行かんといて』と引き止めようとしている。

 彼らよりも大きい子供達は、小さい子供達の頭を撫でたり抱きしめたりしているが、その頬は涙で濡れていた。皆気持ちは同じなのだ。

「約束な」

 ライドが無理に笑顔を作って手を差し出し、ウルズも頷いてしっかり握手を交わす。この手の温もりとも、当分お別れだ。

「やから病気になったら医者行くんやで? 我慢したらあかんよ?」

 馬車に乗り込むウルズにライドが心配して言い、

「分かってるって。ライドも身体に気ぃ付けるんやで」

 ウルズは大きく頷いて答えた。


 走り出す馬車。

 止まない「さよなら」の声。

 窓から身を乗り出して手を振っているウルズを、ライドは暫く追いかけた。

 可能な限り、追いかけた。

 それが出来なくなった後は手を上げて、大きく、大きく、左右に振った。

 どんどん小さくなっていく馬車に、ウルズに、最後まで見えるようにと。

 ずっと

 ずっと–––––



続く。

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