第48話
「ヴィオ」
優しい声で私を呼び覆い被さってくるレアンドルを受け止めてキスを繰り返す。
両想いになったのよね。
叶うことのない恋が成就して浮かれきっていた私は彼から与えられる熱に喜んだ。背中に腕を回してぴったりとくっ付いて甘ったるいキスに浸っていると自分の太ももあたりに熱く膨らんだ固い物が擦りつけられる。
キスを離して見上げた先にあったのはなにかを期待したような表情をするレアで脇腹辺りを緩やかに撫で回していた。
「……無理だからね?」
「なっ…」
彼の言いたいことは分かる。
出来ることなら受け止めてあげたいし、私も彼と触れ合いと思っている。でも、無理だ。昨晩の激しすぎる行為のせいで全身が痛くて今すぐにあれをするのは死んでしまう。
「全身が痛いの…特に腰回りが……。とにかく無理だからね」
「しかし、私達は両想いで恋人…」
「それとこれとは話が別よ!」
世の中の恋人が付き合い始めた直後にするわけじゃないことくらい彼だって分かっているはずだ。おそらく私と同じで浮かれきっているのだろうけど、いつもの冷静な彼に戻って欲しい。
べしべしと胸元を叩くとようやく離れてくれた。
非常に不服そうな表情をしていたけどね。
昨晩した回数を考えれば普通は満足すると思うけど彼は物足りなさそうだ。
レアンドルって性欲が強いのかしら。
見た目的に淡白な人間に見えるというのに意外な発見だ。
「ヴィオが足りない…」
「昨日散々したでしょ…」
そこでようやく昨日自分を貶めた人物についてを思い出した。
テレーズはどうなったのかしら。
それから私達が出て行った後の会場だ。テレーズが大声で私に媚薬を盛ったことを言った為、私が薬に犯された事実は会場全体に知れ渡っただろう。
その後、盛った私をレアが連れ出したとなると今頃私達の醜聞が流れているに違いない。
事実だから否定出来ないのがしんどいわね。
「ヴィオ?どうした?」
「テレーズのことが気になって。後は私達が出て行った後の会場についても気になるわ」
「そうだな。私も知らないから確認を取りに行こう」
「誰に?」
「勿論ベルジュロネット公爵だ」
確かにテレーズを捕らえるように命令を下した父なら彼女の処遇も会場がどうなったかも分かるはず。
早く聞きに行きたいところだけど動ける気がしない。
身体も洗いたいのにどうしたら良いの。
「レア、浴室まで運んで」
「甘えてくれているのか?」
「腰が痛過ぎて動けないのよ。あ、その前に私の鞄を取って来て」
こき使っているみたいに見えるけど動けないので仕方ない。
レアンドルは嫌な顔を一切見せず鞄を取って来てくれた。中から取り出すのは二度と使うことがないと思っていたピンク色の小瓶だ。
「それは?」
「……避妊薬」
レアンドルは一瞬目を瞠った後でそわそわし始める。
どうして持っているのか気になるけど聞き難いのだろう。
「お母様が常に持っておくようにとくれたのよ」
「ベルジュロネット公爵夫人が?」
「初めてレアとした次の日に渡されたの。あの時、避妊していなかったでしょ?」
「あ…」
レアンドルの顔が青褪めていくのが見える。
避妊のことを全く考えていなかったのだろう。真面目なくせに変なところが抜けている人だ。女性慣れしていないから考えに及ばなかったのかもしれないけど。
怠い腕を伸ばして彼の頬を撫でながら「そこまで気にしなくていいから」と笑いかけた。
「常備しているのか?」
「お母様の言いつけよ。いつレアに襲われるか分からないって言われたの」
「公爵夫人は俺の気持ちに気がついていたんだな」
「多分ね」
苦笑するとレアンドルは頰を引き攣らせた。
「レアとの子供はいつかは欲しいけど今出来ると色々と騒がれそうだから」
出産時期で披露式の時の子だと思われるのは子供にも申し訳ないことになってしまう。
「ほ、欲しいと思ってくれるのか?」
「当たり前でしょ?」
愛おしい人との子供だ。
出来れば三人くらいは欲しいところだけど一人でも授かれたら嬉しくて堪らないだろう。
嬉しそうに頰を緩めたレアンドルは私を膝上に乗せてぎゅっと抱き締めてきた。どうやって起き上がろうかと悩んでいたので助かったけど全身が痛いので強く抱き締めるのは勘弁して欲しい。
「レア、腕緩めて。痛い」
「す、すまない。ヴィオが私の子供を産んでくれると言うから嬉しくて」
「もう…。これくらいで喜ばないでよ」
「喜ぶに決まってるだろ!」
必死の表情で詰め寄られる。
ここまで喜んでくれるとは思わなかった。
彼の唇にそっとキスを落として「レアが喜んでくれて嬉しい」と後ろ髪を撫でると噛み付くようなキスを返されてしまう。
「んんっ…!」
このままだと流されてしまいそうなので髪を引っ張ってやめさせると不服そうな表情を向けられる。
「お父様に話を聞きに行くんでしょ」
「そうだが…」
「こういうことは私が元気になってからね」
「分かった」
十歳も上なのにまるで子供みたいなレアンドルが可愛くて堪らない。
もう一回キスをしたいところだけど下手に彼を刺激するわけにもいかず大人しく小瓶から薬を取り出す。
「ほら、水」
「ありがとう」
水の入ったコップを差し出されて受け取ろうとするとレアンドルが中身を飲んでしまう。
既視感を覚えたのは昨日の夜に同じ光景を見たからだ。
まさかと思った時には薬を口の中に放り込まれて水を口移しで飲まさせられていた。
「んぅ……」
ごくんと薬と水を飲み込むと同時に調子に乗った舌が滑り込んでくるので歯を立てて噛み付いた。
痛みに引っこ抜かれる舌が侵入してこないように口を手で覆う。
「駄目って言ってるでしょ」
「……裸のヴィオを前にすると我慢が出来ない」
「布団取って」
「昨日散々見たのだ。少しくらい良いだろ」
「明るいところで見られるのはまだ恥ずかしいの!」
拗ねたように言えば渋々と布団をかけてくれるのでお礼の言葉と一緒に頬にキスを贈った。
ぎゅっと抱き締めながら「煽らないでくれ」と言われてしまう。
煽ったつもりはなかったのだけど…。
「レア、とりあえず湯浴みに行きましょう」
「一緒に入るのか?」
「今は一人で入れる気がしないもの…」
「そうか。それなら仕方ないな」
嬉しそうに私を抱き上げて歩き始めるレアンドルの頰を引っ張る。
首を傾げられるのでにっこりと笑って忠告をさせてもらう。
「変なこと禁止だからね?」
「……ぜ、善処しよう」
あわよくばっていうのが丸分かりだ。
やっぱりレアンドルは性欲が強いらしい。触りたいと思ってくれるのは嬉しいけどもうちょっとこちらに配慮して欲しいところだ。
「早く行きましょう」
仕方ないという表情を浮かべるレアンドルの首に抱き着いて湯浴みへ向かった。
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