第49話

危うく逆上せるところだった。

私の髪を乾かし梳かしてくれているレアンドルを鏡越しに睨みつけると苦笑いで返される。変なことをするのは禁止だと言ったのに浴槽内であれこれされたのだ。本人は「マッサージだ」と言い張っていたけどあれはマッサージじゃなかった。


「怒っているのか?」

「当たり前でしょ、身体辛いのに」

「す、すまない」

「次やったら許されないから」


もう一度睨むとしょんぼりするレアンドルが鏡に映り込む。

その姿が面白くてつい笑ってしまった。


「ところでお父様達は帰られたのよね?」


さっき私の身体を触りながら魔法で連絡を取っていた。


「いや、ここに泊まっているそうだ」

「え?」

「もうすぐ会いに来ると言っていたな」


そう言われた瞬間、部屋の扉が叩かれる音が聞こえてくる。

まだバスローブ姿なのだけど。

着替えると言っても昨日のドレスはぐちゃぐちゃになっているし、他に服はない。

どうしようかと考えていると身体が持ち上がるのを感じた。


「レア?このままの格好で会うつもり?」

「他に服がない。仕方ないだろう」


着替えを持ってくるべきだったと後悔する。

私をお姫様抱っこしたままレアンドルは扉に近づいて「どうぞ」と返事をした。

中に入ってきたのは父と母の二人だ。私達の格好を見るなり深い溜め息を吐いた。


「おはようございます、ベルジュロネット公爵、公爵夫人」

「お、おはようございます。お父様、お母様」

「おはよう。でも、服くらいは着替えようよ」

「申し訳ありません。着替えの服が無くて」

「準備くらいしておきなさい」


お姫様抱っこ状態で会話をするのはやめてほしい。

下ろしてくれと言いたいところだけど座り込んでしまうことは目に見えているので大人しく父とレアンドルの会話が終わるのを待っていると母と目が合った。

私の姿を確認して安心したように微笑む。


「とりあえず中に入ってお話しましょう」


母の声に全員が頷いた。

ソファまで移動すると何故かレアンドルの膝の上に乗せられてしまう。

親の前で恥ずかしいことをしないでほしいのだけど、と彼を睨みつけてみるが爽やかな笑顔で返されて文句を言えなくなる。


「あらあら、仲良しね〜」


揶揄うような声と視線が母から飛んでくる。

一瞬で赤くなる顔を隠す為にレアンドルの胸元に擦り寄れば抱き締められてまた揶揄いの言葉がやってきた。


「イチャイチャするのは後にしなさい」


父の言葉を受けて後なら良いのかと返したくなるが話が進まないので黙っておくことにする。レアンドルも嬉しそうな表情を浮かべるだけで余計なことは言わなかった。


「あの馬鹿女じゃなくてテレーズは伯爵家からの追放及び北の修道院に放り込まれる事が今朝決まったよ」


ミラン伯爵は家の為にテレーズを見捨てたってことなのね。

彼女を追放したところで自身の娘が二大公爵家にしでかしたことは消えない。今後ミラン伯爵家は白目を向けられながら過ごすしかないのだろう。伯爵家自体に恨みはないけどこればかりは仕方ないことだ。

そして家を追い出されたテレーズが向かう北の修道院は厳しい規則で縛られることで有名な場所だ。

建てられている場所も一年中雪で覆われた寒い地域。

逃げ出そうとした修道女が凍死することが多いと聞いたことがある。

伯爵家で大切に育てられてきた彼女が厳しい環境の中で耐えられるとは思えないが妥当な判断だと思った。


「テレーズは今どうしているのですか?」

「魔法省にある牢に閉じ込められているよ」

「そうですか」

「悪いけど会わせてあげる事は出来ないよ」

「分かっております」


テレーズは公爵家の娘に薬を盛った罪人だ。

被害者である私が会うわけにはいかない。

それに私に会いに来られたところでテレーズは嬉しくないだろう。でも、伝えたい言葉はある。


「彼女に伝言を頼めますか?」

「良いだろう」


『テレーズが初めての友達で良かったわ。ありがとう、さようなら』


私が伝えてほしかった言葉に父も母もレアも全員が目を瞠って驚く。

分かっているのだ。今更こんなことを伝えてもテレーズは困る或いは怒るだけだろうと分かっているけど伝えて欲しかった。

父は悲しそうに「必ず伝えよう」と返してくれる。


「次はヴィオ達が抜けた後の会場の話をしよう」


これからの私とレアンドルの生活に関わってくる話だ。

痛みに耐えながらも背筋を伸ばして父を見据えると柔らかな笑顔が返ってきた。


「心配しなくても醜聞にはなっていないよ」

「え?」

「は?」


私とレアンドルの間の抜けた声が同時に聞こえたのがおかしかったのか母は「仲良いわね」と声を震わせる。

誰だってこんな反応になると思うのだけど。

それよりも今は父の話を聞くことが大事だ。


「レア君の女嫌いは社交界で有名な話だよね?」

「はい…」

「ヴィオが婚約者に酷い裏切り方をされたのも有名よね?」

「えぇ」


それと醜聞にならなかったことが関係あるのだろうか。レアンドルと顔を見合わせていると二人揃って笑い始める両親がいた。


「ネル君が大声で『あの女嫌いが女性を抱くわけないだろ。ベルジュロネット公爵令嬢をベッドに放置して医者でも呼びに行ってるよ』って言っちゃったんだよね」

「その後レーヌちゃんが『ヴィオは一度婚約者に裏切られているから男性に触られるのを嫌がりますよ。きっと今頃エーグル公爵に触らないでって叫んでいます』って嘘をついていたわね」


お互いの友人の発言にレアンドルと揃って頰を引き攣らせた。助けてもらった立場で言うことじゃないけどもうちょっと他に言い方があっただろうと思ってしまう。


「そうしたら会場中が納得しちゃって」

「騒ぎにならなかったと」


同時に頷く両親に深い溜め息を吐いた。

醜聞にならなかったのは良いけどそれだとまるで私達が不仲みたいな噂が流れるのでは。もし流れていたとしたら噂を払拭して回ることになりそうだと思っていると母が満面の笑みを作って言ったのだ。


「それで二人は無事に両想いになれたのかしら?」


レアンドルと見つめ合うこと三秒。

緩みきった頰を携えながら二人揃って大きく頷いた。


「はい」

「おかげさまで」

「良かったわ」


嬉しそうに「おめでとう」と言ってくれる母に対して父は苦い表情を見せた。


「レア君の事は認めよう。でも結婚は許さない」


衝撃的な言葉に私とレアは揃って絶句した。

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