第47話

「私は二度と関わらないと思っていた君からの恋人のふりの提案に喜んだ。好きになって貰おうと考えた私は浅ましい男だろ?」


話を終えたレアンドルは自嘲気味に笑顔を作ってみせた。

浅ましいと言えば浅ましいが誰だって自分の都合が良いことが起これば喜んでしまうのは仕方ないことだと思う。

なにより彼に惚れてしまった身としては自身の選択を後悔して欲しくない。酔っ払って彼との行為を受け入れたのは私だ。別に彼だけが責任を感じる必要はない。


「始まりはどうであれレアは私のことを本当に大切にしてくれたじゃない。だから好きになれたのよ」

「しかし」

「私は……真面目な貴方が私の為には狡い人間になることが結構嬉しいけど?」

「ヴィオ、君は優し過ぎないか?もっと怒るべきだろう?」


怒ってほしいと望むのなら怒ってあげたいが生憎と今はそんな気分ではない。

せっかく好きな人と両想いになれたというのにどうして喧嘩みたいなことをしなければいけないのだ。


「もしも私がレアと同じ立場だったら同じことを考えていたと思うわ」

「ヴィオ…」

「だからそんなに自分を卑下しなくても良いわよ」


頰を撫でて笑いかけると「本当に優し過ぎる」と言う言葉と共に抱き寄せられた。


「ヴィオが私を好きになってくれて嬉しい。好きになってくれてありがとう」


心底嬉しそうに笑ったレアンドルは心臓に悪い。頰が熱くなり、恥ずかしくなる。


「これでベルジュロネット公爵も私を認めてくれるな」


認める。

その単語には既視感があった。父にレアンドルを好きだと伝えた時に「レア君の事を認めるしかないか」と言っていた。

おそらくそれと関係があることなのだろう。

こちらが尋ねる前にレアンドルは話を始めてくれた。


「君の初めてを貰った次の日、ベルジュロネット公爵家に訪れただろう?」

「ええ」

「私とベルジュロネット公爵が二人きりになった時間があったのを覚えているか?」


そういえば二十分くらい二人だけで話していた時間があった。

小さく頷いて肯定をする。

あの時はそこまで気にしてなかったけど思い返してみると話の内容が気になってしまう。

回りくどい話し方をする彼にむすっとした表情を向けると「ちゃんと話すから落ち着け」と頭を撫でられた。それだけで許せてしまう私はちょろい人間だ。


「ベルジュロネット公爵にはあの晩にあった事、恋人のふりをする事を正直に話したんだ」

「え?」


衝撃の事実に驚く。

じゃあ、どうして父は私の嘘に騙された演技を続けてくれたのだ。普通に考えれば引き剥がすのが正しい判断だろうに真実を知っていることを隠して私達二人を見守ってくれたのだろうか。


「当然、殴られた。愛娘の初めてをお酒の力を借りて奪ったんだからな。殺してやるとも言われた」

「じ、じゃあ…どうしてお父様はレアと恋人のふりでいることをやめさせなかったの?」

「彼には私が女性嫌いである理由を教えていた。だから悪戯に君の初めてを奪ったわけじゃない事はすぐに納得してもらえた」


レアンドルの女性への苦手意識は凄まじいものだ。

父も彼が私の初めてを悪戯に奪ったわけじゃないと納得せざるを得なかったのだろう。

しかし、だからといってあの父が恋人のふりを許可するとは思えない。

他に理由があったはずだ。


「恋人のふりを許して貰えた理由は私がどれだけヴィオを好いているのかを公爵に話したからだ」

「え?」

「話し終える頃には若干引かれていたな」


遠い目をするレアンドルに頰が引き攣る。

私を溺愛している父が引く話ってどんな話よ。

聞いてみたい気がするけど聞いたら後悔しそうなので尋ねることに躊躇ってしまう。


「聞きたいか?私が相当重い男だとよく分かると思うぞ?」

「き、気になるけど、それはまた今度で良いわ。今はお父様との会話の方が気になるもの」

「では、いずれ話すとしよう」


彼の気持ちを全て聞かされた時、恥ずかし過ぎて死んでしまうような気がしてならないのだけど今気にしても仕方ないことだろう。


「私のヴィオへの気持ちが生半可なものじゃないと伝わったのだろう。ベルジュロネット公爵は一つの条件を理由に君との関係を許可してくれた」

「条件?」


父が出した条件はこれまでの会話からして予想が出来てしまうがレアンドルの口から聞かされるのを待つ。


「ヴィオに好かれる男になったら結婚を認めてやると言われたんだ」


やっぱりね。

父が出した交際の条件に苦笑いが出てくる。

私がレアを好きだと言った時に認めるしかないと言った理由はこの条件があったからだろう。

お父様の馬鹿、レアンドルの気持ちを知ってたなら教えてよ。

そう思ったが教えてもらったところであの時の私は信じなかっただろう。


「期間は一ヶ月。婚約披露式の時までにヴィオに好きになって貰えなかったら生き地獄を味わわせると言われたよ」

「それは…」


いくらなんでも厳しい過ぎるような。

普通は一ヶ月で人を好きになったりはしない。

父は最初からレアンドルを許すつもりはなかったのではないかと思えてくる。

そういえば私がレアンドルを好きだと報告した時も「推測を誤ったか」と悔しそうに呟いた。あれは私がレアンドルを好きになるわけがないと思い込んでいたからこそ出てきた言葉だったのだろう。


「ベルジュロネット公爵からその条件を聞かされた時は絶望しかなかった。ヴィオに好きになって貰うように努力してみるつもりだったが一ヶ月という短い期間で達成出来る気がしなかったからな。その時点で天国から地獄に落とされた気分だったよ」


レアンドルは苦笑しながら「浅ましい事を考えた罰が下ったのだろうな」と言った。


「でも、私はどうしてもヴィオが欲しかった、君と一生を共にしたかった。だから、君に好かれる男になろうと必死に君を甘やかしたんだ」

「毎日のように贈り物をしていた理由もそれ?」

「そうだ。どうやったら女性に喜んでもらえるのかよく分からなくてな。ネルに聞いたら贈り物が効果的だと言われて……もしかして迷惑だったか?」

「迷惑ではなかったけど、私の初めてを奪ったことに対するお詫びの品かと思っていたわ」


隠す必要はないだろうと彼に伝えると苦笑いを向けられる。

自分の気持ちがなに一つ私に伝わっていなかったからだろう。


「でも、どれも私の趣味をよく理解していたものだったわ」

「ベルジュロネット公爵が職場で君の話をよくしていたから知っていたんだ」


どんな話を職場でしているのだ。

でれでれと私のことを語らう父の姿が容易に想像出来てしまい苦い表情になる。

今度からはやめさせましょう。


「観劇に行った日、勝手に触れてしまってすまなかったと思っている。自分色に着飾った君を見ていたら我慢出来なくなって触れてしまったんだ」


酔った勢いじゃなかったのか。

驚いたけど別に嫌じゃなかった。それに彼を好きだと認めるきっかけにもなった出来事と言っても過言ではない。謝ってもらうことではないのだけど真面目な彼のことだ。謝罪を受け取ってあげた方が喜ぶのだろう。


「許してあげる。今度からは許可を取ってから触ってね?」


悪戯っぽく笑ってみせればあからさまに安心した表情をして大きく頷くレアンドルがいた。


「ヴィオ」


名前を呼ばれて「はい?」と返事をする。

急に真剣な表情を作る彼に首を傾げた。私の左手を持ち上げて笑いかけてくるレアは「改めて言わせてくれ」と前置きをする。


「私は君が好きだ。だから私と本当の恋人になってくれ。そして……結婚して欲しい」


お互いに裸でベッドに寝そべりながらの告白。

貴族らしさの欠片もないそれに笑ってしまいそうになった。でも同時に嬉しさで泣きそうになる。

私達の偽りが始まった場所。

新しい関係を始めるには相応しい場所なのかもしれないわね。

握られた手を握り返して微笑む。


「喜んで」

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