幕間4※レアンドル視点
ヴィオレットが好きだと自覚した日から三年の時が過ぎていた。
ちらほらと耳にするようになったのは彼女と婚約イヴァン殿下の結婚式についてだ。
聞く度に胸が痛くなったが彼女が幸せになれるならそれで良いと思って過ごしていた。
「レア!」
魔法省の中を歩いていると後ろから声をかけられる。振り向くとネルがこっちに向かって走ってきていた。
「何か用か?」
「あぁ、お前のお姫様に関する話だ」
お姫様というのはヴィオレットの事だ。
誰にも彼女への気持ちを話すつもりはなかった。しかし気持ちを自覚してから数ヶ月後、ネルに強い酒を何杯も飲まされて酔っ払った拍子に話してしまったのだ。
女嫌いが婚約者を持つ女性貴族に懸想した。
てっきり嫌われて噂をばら撒かれると思ったのにネルは「好きになるくらいは自由だろ」と笑ってみせた。
私の気持ちを応援すると言った彼に色々と相談をしているのだ。
「その呼び方は止めろと言ったはずだ」
「本名で呼ぶわけにはいかないだろ!あの子の親はここの長なんだから」
「それを言ったら誰の話かバレるだろ。さっさと私の執務室に入れ」
ネルの背中を押して向かったのは私の執務室。
二人揃って中に入ると防音結界を施した。
「で、ヴィオレットに関する事って何だ?」
「目が怖いぞ」
「良いから答えろ」
詰め寄るとネルは気不味そうに目を逸らした。
彼の様子からしてヴィオレットにとって悪い事が起きているのは明白だ。私に解決出来る事だったら何でもしてやりたい。
ネルの肩を掴み力を込めながら「話せ」と睨み付けた。
「話しても良いけど絶対に暴走するなよ」
「内容による」
「お前が暴走……いや、下手したら人殺しをするかもしれない内容だ」
暴走、人殺し。
その不穏な単語を聞いて良くない話である事が分かる。ヴィオレットが傷付く内容なのだろう。
早く教えろとネルの肩を掴む力が自然と強まった。
「ちょ、痛い!分かった!ちゃんと話すから手を離せ!」
「あぁ」
実は、と話を切り出すネルだったが続きを言おうとしない。
ここまで渋られると手を出しそうになってしまう。それを察したのだろうネルはゆっくりと口を開いた。
「じ、実はイヴァン殿下が浮気してるみたいなんだ」
「は?」
「浮気だよ。昨日、殿下がヴィオちゃんじゃない女の子とキスしてるところ見ちゃってさ…」
ネルの言葉が上手く飲み込めなかった。
イヴァンデンカガウワキ?
ようやくこの言葉を理解した私は怒りでどうにかなりそうだった。ヴィオレットという素敵な婚約者が居ながら浮気をするとは良い度胸だ。
「あの糞餓鬼、殺してやる」
「ち、ちょっと待てって。相手は王子だ。不敬罪になるぞ」
「だから何だ。ヴィオレットを傷付けた男を殺せるならそれで良い」
「重っ!じゃなくて落ち着いて行動しろよ」
落ち着いていられるわけがない。
今すぐ部屋を飛び出してイヴァン殿下のところに行こうとする私の足を止めさせたのはネルの言葉だった。
「イヴァン殿下の不貞が世間にバレたらどうなる?」
「どういう事だ?」
「冷静になって考えろよ。不貞がバレたら殿下とヴィオちゃんの婚約は解消になる」
「そうだな」
「ここまで来れば俺が言いたい事は伝わるだろ」
髪を掻きながら睨み付けてくるネル。
言いたい事?
どういう事だと考えたところである事に気が付いた。
込み上げていた怒りが少しだけ落ち着く。
「ヴィオは独り身になる…。私の婚約者に出来る?」
「その通り!」
一瞬でも喜びかけた自分を殴ってやりたくなる。
もしもイヴァン殿下の不貞をヴィオレットが知ったら酷く傷付くだろう。男嫌いになっても良いくらいだ。
心に深い傷を負った彼女を婚約者にして、結婚したところで幸せに出来るのか?
おそらく無理だろう。
「私は傷付いた彼女を幸せに出来る男じゃない…」
「ふーん…」
呆れたように呟くネルを睨み付ける。
「ヴィオちゃんは公爵令嬢だ。婚約が解消されたら狙う男が大勢現れるだろうな」
「そんな事は分かっている」
「他の男に奪われて良いのかよ!」
私の胸倉を掴み、壁に押し付けてくるネルは今にも泣きそうな顔をしていた。
「俺はお前がどれだけヴィオちゃんを想っているのか知ってる!お前みたいに死ぬほど重い男が好きな人を幸せに出来ないわけないだろ!」
「重いって…」
「彼女の為に大罪を犯そうとしたくらいには重いだろうが!」
さっきの発言の事を言っているのだろうが普通は好きな人の為なら自分の命くらい捨てられるものだ。
「俺はレアにもヴィオちゃんにも幸せになって貰いたいと思ってる」
「ネル…」
「だからレアがヴィオちゃんを幸せにしろ。そしてお前も幸せになれ」
どうやら目の前の友人は私が思っている以上に私の事を考えてくれているらしい。
傷付いたヴィオレットを幸せする、か…。
きっと私には難しい話だろう。
それでも何もしないで後悔するよりは何かして後悔した方が良い。
「彼女に告白する。フラれたら慰めろ」
「やけ酒なら付き合ってやるぜ」
肩を叩いてくるネルに苦笑いが出た。
私が酒に強くないと知ってるくせに言ってくるあたり彼自身が酒を飲みたいだけなのだろう。
「レアが告白する前にイヴァン殿下の不貞をどうやって知らしめるか、だな」
「ベルジュロネット公爵を頼れば良いだろ」
「どうやって?」
「イヴァン殿下が浮気している場面に公爵を連れて行く」
「それ、上手くいくのか?」
確かにイヴァン殿下がいつ浮気相手と会うか分からない現状では無理だろう。
彼自身に探りを入れてみるが手っ取り早い。
「イヴァン殿下を尾行する」
「犯罪だな」
「陛下達には許可を取るつもりだ」
「さっきまでへこたれていた人間と同一人物とは思えないくらい行動力あるな」
「目標があれば人は頑張れるものだ」
ネルが「お前やっぱり重いわ」と言ってきた。
別に重くないだろうと思うが言い返す時間も惜しいので作戦を決めていく。
まず第一に陛下と王妃にイヴァン殿下の不貞を報告して、調査の許可を貰う。
幸いにも二人からの信頼は厚い方だ。きっと信じてもらえる。
その次にイヴァン殿下の尾行。浮気相手との密会を始めたらすぐにベルジュロネット公爵へ連絡を入れる。
そして駆けつけた彼と一緒に浮気現場を取り押さえれば良い。
「俺の出番は?」
「私の仕事の肩代わりを頼む」
「嘘だろ!」
「ネル、頼んだぞ」
「こんなはずじゃなかったのに…」
落ち込むネルの肩を叩いてから執務室を飛び出した。
その後は陛下達に会ってイヴァン殿下の不貞の話について報告を入れ予定通り調査の許可も貰った。
二人は今にも倒れそうだったがイヴァン殿下の無実を信じているようだ。
イヴァン殿下の尾行を開始したが警戒心が強いのかぼろを出す気配がない。
「ヴィオレット…?」
イヴァン殿下が廊下で話し始めた相手はヴィオレットだった。
どうして彼女がここに?
「ヴィオ、妃教育が終わったらお茶をしよう」
「分かりましたわ」
ヴィオレットが王城に来たのは妃教育を受ける為だった。当たり前のように彼女とお茶の約束を交わすイヴァン殿下に腹が立つ。
裏切り者のくせに…。
二人が別れたところで尾行を再開させた。
おそらくイヴァン殿下の警戒心が強いのはヴィオレットが王城に来ているからだ。昨日は来てなかったから警戒心が弱まってネルに浮気現場を見られる事になったのだろう。
「今日不貞の現場を押さえるのは難しいかもしれないな」
いや、待てよ。
ヴィオレットの妃教育が長引く事になったと嘘をついたら彼は警戒心を弱めるのでは?
そう考えた私はすぐに行動を起こした。
「イヴァン殿下」
「エーグル公爵、お久しぶりですね」
「はい。お久しぶりでございます」
約半年振りに会話を交わした。
ヴィオレットの婚約者である彼とは関わりを持たないようにしていたのだ。
「私に何か用事ですか?」
「はい。ベルジュロネット公爵令嬢の妃教育の件ですが長引く事になったと伝言をお願いされました」
「そうなのですか?でも、どうしてエーグル公爵がそれを伝えるのですか?」
「偶然ですよ。彼女の父親が私の上司なのでお願いしやすかったのでしょう」
抜けているところが多いイヴァン殿下は素直に私の言葉を信じてくれた。
お礼を言って立ち去る彼の後をついて行く。
そして愚か者の顔を覗かせた。
「本当に浮気相手を呼び出すとは…」
呼び出した女と落ち合うイヴァン殿下。浮気相手の顔を確認すると驚いた。
浮気相手の女はヴィオレットの友人だったのだ。
どうやら婚約者、友人二人揃って彼女を裏切っていたらしい。
「何て事を…」
王城の一室に入って行く二人。
扉の向こう側で行われているのは酷い裏切り行為なのだろう。
「さっさとベルジュロネット公爵に報告を済ませるか」
通信魔法を使って報告を済ませる。
かなり怒っていたな。
向こうから最後に聞こえたのは怒りに満ちた低い声だった。
すぐにやって来るだろう。
そう思いながら密会部屋の方に視線を向けると一瞬息が止まった。
意外な人物が部屋の前に立っていたのだ。
「ヴィオレット…?」
密会部屋を冷たい表情で覗いていたのはヴィオレットだった。
彼女が妃教育に向かったのはたった一時間前だ。
厳しいと言われている妃教育が短時間で終わるわけがない。じゃあ、どうして彼女はここに居るのだ。
報告に夢中になっていたせいで気が付かなかったとは愚か者は私じゃないか。
密会部屋から漏れ聞こえてくる嬌声だけが静まり返った廊下に響く。不味い事になったと全身から嫌な汗が噴き出してくる。
「誰か来てください!」
ヴィオレットの大きな声が響いた。
集まってくる警備兵達と一緒に彼女のところに向かおうとしたところで足を止めた。
イヴァン殿下と浮気相手が行為を始めるきっかけを作ったのは私の嘘だった。
私のせいでヴィオレットに嫌なものを見せてしまったのだ。
合わせる顔がなかった。
騒ぎの中、私は呆然と立ち尽くし続けた。
「というわけで君に不貞現場を見せてしまったのは私の嘘が原因なんだ。本当にすまない」
罵倒されても殴られても仕方ない。
大人しく全てを受け入れようと思っていたのにヴィオレットは呆れた表情を見せるだけだった。
「怒らないのか?」
「わざとじゃないでしょ?」
彼女からの問いかけに大きく頷くと「じゃあ怒れないわ」と苦笑された。
「悪いのはイヴァン殿下とテレーズよ。レアじゃないわ」
「しかし…」
「それよりも私が婚約解消したら告白するんじゃなかったの?された記憶ないけど」
あの大事をそれで片付けてしまうあたりヴィオレットは大物だと思う。しかし告白の件を言われると思っていなかった。
「私の不注意のせいで君に嫌な現場を見せてしまったから告白する資格がないと思ったんだ」
「レアって本当に真面目ね」
幼い頃から散々言われてきた言葉だ。
項垂れる私が面白いのかヴィオレットはくすくすと笑った。
「ねぇ、レア。最後に教えて欲しいことがあるのだけど」
「なんだ?」
「私達が初めて…その、しちゃった日の事…」
真っ赤になりながら言ってくるヴィオレットにこちらまで頰が赤く染まる。
あの晩の翌日、彼女から何があったのか聞かれたが曖昧な言葉で誤魔化した。
「教えてくれる?」
「ヴィオが望むなら教えよう」
大きく頷いて初めての夜の話を始めた。
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