第42話

「レアンドル・エーグル公爵およびヴィオレット・ベルジュロネット公爵令嬢のご入場です」


ダンスホールの中に足を踏み入れると全員の視線がこちらに向いた。

相変わらず向けられるのは憐れみの視線ばかり。一部のご令嬢達からは憎悪の篭った思いが伝わってくるけど笑顔で受け流すのが真の淑女というものだ。


「男達からの視線が痛いな。ヴィオは人気があるようだ」

「こちらの台詞よ。レアを好きな令嬢達から恨まれて、そのうち刺されそうだわ」


レアンドルを睨みつけている人達は私を好いているというよりベルジュロネット公爵令嬢の婚約者になれなかったことが惜しいと思っているに違いない。

魅力がない私を好きになってくれるはずがないのだから。

ダンスホールの入り口から一番奥の壇上に立つと二人揃って礼をする。


「皆様、本日は私レアンドル・エーグル公爵とヴィオレット・ベルジュロネット公爵令嬢の為にお集まり頂きまして誠にありがとうございます。ここに私達二人の婚約を宣言させて頂きます」

「レアンドル・エーグル公爵と婚約させて頂くことになりましたヴィオレット・ベルジュロネットでございます。どうか私達二人を温かく見守って頂けると嬉しく存じます」


もう一度礼をすればあちらこちらから手を叩く音が聞こえ始めた。やがて拍手は会場全体に広がり温かな言葉が飛び交うようになる。私を睨み付けていたご令嬢達も不服そうな表情を見せながらも拍手を送ってくれていた。

唯一会場の中で拍手を送ってくれない人物と目が合ったので微笑みかけてあげる。

テレーズ、貴女が裏切ったから私は今日ここに居るのよ。

そんな気持ちが篭った笑みだった。


「これより私達は挨拶回りを始めさせて頂きます。皆様は宴をお楽しみください」


レアンドルの言葉により宴が始まる。

オーケストラの演奏が流れるダンスホール。曲に合わせてダンスを踊り始める者、ホール端に用意された軽食を楽しむ者、家同士の繋がりを深める為に談笑を繰り広げる者。

それぞれが楽しむ中で私とレアンドルは挨拶回りを始める。


「レーヌ」


最初に声をかけたのは壇上のすぐ側に立っていたソレーヌだった。隣には彼女の婚約者であるロシニョル侯爵家のラザールが立っており、軽く頭を下げて挨拶をしてくれる。


「エーグル公爵、ヴィオレット様、この度はご婚約おめでとうございます」

「おめでとうございます」


ラザールの言葉に続いてソレーヌが頭を下げてくれるのでこちらも感謝の言葉を伝えさせてもらう。レアンドルと揃って「ありがとう」と笑いかける。

友人への挨拶である為、気が楽で良いと思っているとレアンドルが二人に声をかけた。


「二人はヴィオの友人だったな。これからもヴィオと仲良くしてやってくれ」

「はい、勿論です」

「え、ええ…」


わざわざ言わなくても良かったのに。

律儀な人だと思っていると何故か動揺しているソレーヌと目が合った。一瞬でこちらに近寄ってくる彼女に戸惑っていると耳を貸しなさいと手招きで指示を受ける。


「なに?」


レアンドルとラザールから少し離れたところに着いたところでソレーヌが興奮しながら詰め寄ってくる。


「なに?じゃないわよ!女嫌い公爵が女の私に笑いかけたのよ、大問題だわ!」

「最近のレアはよく笑うわよ?それに笑顔なのは良いことでしょ?」


どこが問題なのだと呆れているとソレーヌは怪訝な表情になる。

じっとこちらを見つけてきたかと思ったら「よく笑う?エーグル公爵が?」と半信半疑で聞いてくるので大きく頷いた。


「私と居る時はほとんど笑顔ね」

「やっぱりエーグル公爵ってヴィオのこと好きなのね。その発言で確信したわ」

「またその話なの。あり得ないわよ」


どこをどう見たらレアンドルが私を好いているという結論に至るのか。ああ、でも彼の演技力ならそう見えてしまうのも仕方ないことなのだろう。


「あれで分からないってどんだけよ…。ねぇ、エーグル公爵と話し合ったの?」

「披露式が終わったら話すことになっているわ」

「そうなの。じゃあ、その時に分かるわよ」

「あまり聞きたくないことを言われる気がしてるけどね」


首を傾げるソレーヌに「この後、別れ話をされるのよ」と教えてあげると引き攣った笑顔を向けられる。


「いや、あり得ないでしょ。今さっき婚約宣言したばかりなのに」

「きっと別れ話だけは今しておいて、熱りが冷めた頃に婚約解消をされるのよ」

「ないない。あり得ないから」


呆れたように「ヴィオってこんなに馬鹿だっけ?」と言われてしまう。

それなりに賢いと自負しているので失礼な話だ。


「ヴィオ、話は終わったか?」

「ええ」


ラザールと話していたレアンドルに声をかけられて頷くと流麗な動作で腰に腕を回される。慣れたように彼に身を寄せていると呆れ顔のソレーヌがじっとこちらを見つめてきた。

そして一歩前に出た彼女はレアンドルに笑いかける。


「エーグル公爵」

「なんだ?」

「ヴィオ、なかなか結構手強いのでしっかりとご自身の気持ちを伝えてあげてくださいね。決して回りくどいことをしないように」

「……心得た」


友人の言っている意味がよく分からず隣を見上げると耳を赤くしたレアンドルがいた。

なにを照れているのかしら…。


「そ、それでは失礼する」

「レーヌ、ラザール、また今度お茶しましょう」


礼をして見送ってくれる友人二人から離れて向かうのは魔法省に勤めている人達のところだった。


「レア!ヴィオちゃん!」


手を挙げて私達の名前を呼んだのはネル・ムエット伯爵だった。

年齢はエーグル公爵と同じ二十八歳で魔法省に入ったのも同じ時期。愛称で呼ぶくらいだし仲が良いのだろう。

父の部下なので私も会ったことがあるが気さくなお兄さんといった感じの人だ。


「二人とも婚約おめでとう」

「ありがとう」

「ありがとうございます。お二人は仲が良いのですか?」


気になった質問をするとムエット伯爵は人懐っこい笑顔で頷いた。


「魔法省の同期だからな。それに俺はレアの相談相手だし」

「相談相手?」

「ああ、恋の…」

「それ以上はやめろ」


レアンドルの声が重なってしまった為、上手く聞き取れなかったが『恋』と言っていたような。おそらく好きな人が出来たから彼に相談していたのだ。

私と別れることも彼には話していたのかしら。


「それにしても諦めなくて良かったよな」

「うるさい」

「結婚式には呼べよ。魔法省の同期全員で盛り上げてやるからさ」

「頼むからそれはやめてくれ」


あれ?別れ話の相談はしてないのかしら?

よく考えたら上司の娘との別れ話は言いづらいことだ。相談してなくてもおかしくはない。一人納得しているとムエット伯爵に手を持ち上げられる。


「ヴィオちゃん、こいつ面倒なところが多いけど悪い奴じゃないからさ。嫌いにならないでやってくれ」

「分かってますよ。彼がとても優しくて温かい人だと知っています。嫌いになったりしません」


むしろ好きで居続ける自信しかない。そう思うとレアンドルより私の方がよっぽど面倒な人間だ。


「それを聞いて安心したよ。これからもレアをよろしく頼む」

「お任せください」


残りどれくらい婚約者で居られるか分からないけど彼を支えてあげられたら、思い出を作ることが出来たらそれで良い。


「ネル様は友人思いなのですね」

「俺もレアに負けず劣らず優しい性格してるだろ?」

「そうですね。父がネル様を気に入っている理由が分かった気がします」

「え、あの人が俺を?それは良い事を聞いたな」

「あっ、私から聞いたのは内緒にしておいてくださいね」


了解と笑ったムエット伯爵は握っていた手を離してくれた。

彼の視線がレアンドルの方に向く。すると揶揄うような黒い笑みを見せた。


「レア、手を握ったくらいで嫉妬するなよ。本当に面倒な奴だな」

「してない」

「嘘つけ、顔に出てるぞ」


レアンドルが嫉妬?

どんな顔をしているのかしら?

隣を見上げようとすると大きな手に目を塞がれてしまう。


「変な顔になっている。あまり見ないでくれ」

「ご、ごめんなさい…」

「いや、悪いのはネルだ」

「俺、悪くないよね?」

「うるさい。私達はもう行く」


私の腰を抱き直したレアンドルは足早にその場から離れてしまった。

ムエット伯爵にお別れを言いそびれたわ。

今度会ったら謝らないと、と思ったところでレアンドルの腕の力が増した。


「ネルは既婚者だ。好きになっても意味ないぞ」

「え?分かってますよ?」


ムエット伯爵が愛妻家なのはよく知っている。

ベルジュロネットの屋敷に来るたびデレデレした顔で家族自慢をしてくる。

そんな人を好きになるわけがないし、そもそも私が好きなのはレアンドルだ。

彼はなにを勘違いしているのだろう。


「親し気に話していたからてっきりネルが好みなのかと…」

「ネル様はお父様の部下なのよ。レアと同じで時々屋敷に来ているの。気さくな人だから話しやすくて。だから親し気に見えたのよ」

「そう、なのか…」


安心したように息を吐くレアンドル。

まさかムエット伯爵に嫉妬したとか?ってないわね。

それだとレアンドルが私を好きだってことになっちゃうもの。


「……ネルの言う通りあいつに嫉妬したんだ」

「え?」

「ヴィオがあいつと仲良さそうにしていたから嫉妬した。狭量な男ですまない」


嫉妬?レアンドルがムエット伯爵に?

頰を赤くして拗ねた表情を見せるレアンドルに戸惑う。

まるで私を好きみたいな…。


「随分と仲が良いのですね」


私の耳に届いたのはよく知った声だった。

振り向くとそこにいたのは。


「テレーズ…」


裏切り者の元親友が薄気味悪く笑っていた。

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