第41話

会場に到着すると既に招待客達の入場が開始されていた。

身分が低い者からの入場となる為、公爵家であり本日の主役である私とレアンドルが入場するのは早くても三十分後くらいだ。


「邪魔になってはいけないし、私達は控え室で待っていた方が良さそうだな」

「そうね」


披露式が催されるダンスホールから離れた場所に用意されている控え室に向かった。ずらりと十以上の部屋が並ぶ場所に到着すると一番奥の部屋に入る。

中に入ると酷い既視感に襲われた。

ここってレアンドルと…。

入るまで気が付かなかったが私達の控え室は二人で一夜を共に過ごした部屋だった。そして今夜私達が泊まる部屋でもある。

控え室を用意したのは披露式の責任者であるレアンドルだ。

なにを考えているのだろうと彼を見上げると申し訳なさそうな表情を向けられる。


「すまない。どうしてもここで話をしたかったんだ」

「何故?」

「ここが今の私達の関係が始まった場所だからだ」


今の私達の関係は婚約者もどき、偽恋人のことを言っているのだろう。

始まった場所で全てを終わらせたいのね。それとも全てを無かったことにしたいのかしら。

どちらにせよ今日この部屋で私達の関係は終わりを迎えるのだろう。


「嫌だったか?今からでも変更は…」

「ここで大丈夫よ。ちょっと驚いただけだから気にしないで」


ぎこちなくならないように精一杯の笑顔を作ってみせるとレアンドルは安心したように息を漏らした。


「座るか」

「ええ」


レアンドルのエスコートを受けてソファに辿り着くと違和感を感じた。

普段なら隣に座るはずの彼が今回は向かい側に座ったのだ。


「隣に座らないの?」

「ああ、今は座らない」


馬車の中では隣に座っていたのにどうして今は駄目なのだろうか。俯きながらレアンドルを見ると奥の方をじっと見つめていた。

なにを見ているのかしら。

彼に倣って私もそちらを向くと薄暗い部屋に大きなベッドが見えた。

私が初めてを経験した場所だ。

二人で迎えた朝が脳裏に浮かび、恥ずかしくなる。


「……連れて行きたくなるからな」

「え?」

「ああ、いや。なんでもない。それよりも今日の流れは大丈夫そうか?」


なにかを誤魔化された気がするのだけど。

真面目な彼が誤魔化すということは聞かれたくないことなのだろう。しつこく尋ねて迷惑な女と思われたくない。

彼からの問いかけに笑顔で頷いた。


「問題ないわ」

「流石はヴィオだな」


婚約披露式といっても通常の夜会の流れとあまり変わらない。

異なるのは入場が終わり次第みんなの前で婚約宣言を行う点くらいだ。

その後、私達二人はは挨拶回りをするけど招待客達は普通に宴を楽しむだけ。特別なことはない。


「婚約宣言は私が行うからヴィオは後に続いてくれ」

「分かったわ」

「それから挨拶回りは魔法省の人間からにしよう」

「どうして?」


深い関わりを持っていない人達に挨拶を済ませてから知り合いに挨拶をした方がゆっくり話せるはずだ。

どうして逆にしようとするのか分からない。


「あまり揶揄われたくないんだ。他に挨拶する人が居れば早く切り上げられるだろ?」

「確かに…」


私もソレーヌに挨拶をする際たくさんの小言を言われるだろう。早く切り上げる為には「他に挨拶する人が居るから」と返すのが一番良い。


「分かったわ。魔法省の方々への挨拶が終わったらイロンデル侯爵令嬢に挨拶をしたいのだけど」

「構わないが仲良しの相手なら後の方が…」

「レアと同じ理由よ。下手に揶揄われたくないの」

「分かった。ところで君を裏切ったご令嬢への挨拶はどうする?私が一人で済ませても構わないが…」


通常の夜会同様に主催者との挨拶を済ませなければ招待客は帰ることを許されていない。つまりテレーズが帰るにはレアンドルと挨拶する必要があるのだ。

無理に私が挨拶する必要はないし、両親からも近づくなと言われている。

ただ私から婚約者を奪ったことがあるテレーズと彼を二人にさせたくない気持ちが大きいのだ。


「私も挨拶に行くわ」

「無理してないか?」

「平気よ。裏切り者の彼女に幸せなところを見せつけてあげたいの」

「幸せな…」

「ええ。私は好きな人と……」


言っている最中でハッとする。

私は好きな人と一緒になれるのって教えてあげたい。

危うくそんな台詞が飛び出そうだった。好きな人と言ってる時点で結構不味いのだけど。

前に座るレアンドルを見ると目を大きくさせて驚いていた。

ご、誤魔化さないと…。


「ヴィオ、それって…」


レアンドルが身を乗り出してきたのと同時に部屋の扉が叩かれた。外から「レアンドル様、ヴィオレット様、そろそろお時間です」と声をかけられる。どうやら入場のお知らせをしてくれたらしい。

助かったわ、これで誤魔化せるはず。


「に、入場の時間みたいね。行きましょう」

「そうだな…」


邪魔をされたのが納得いかないのかレアンドルは拗ねたような表情になる。

彼には申し訳ないが邪魔が入って良かった。

安堵の息を吐く私にレアンドルは言ったのだ。


「後でゆっくり質問させてもらうからな」


披露式が終わるまでに好きな人発言を忘れてくれたら良いなと願った。

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