第40話

私とレアンドルはエーグル公爵家の馬車に、両親はベルジュロネット公爵家の馬車に乗って会場まで向かう。

婚約披露式の会場として選ばれたのは一ヶ月前にやらかしてしまった舞踏会が催された場所だった。

一ヶ月前、舞踏会に向かう時は自分がやけ酒をした挙句に男性と一夜を共にするとは思わなかった。目が覚めて自分がやらかしてしまったと気が付いた時には酷い絶望感に襲われたが今となっては好きな人が出来るいい機会だったと思えてしまう。

レアンドルから見れば迷惑以外のなにものでもないでしょうけど。

ちらりと見上げるのは馬車に乗り込んでから一言も発していない大好きな人の横顔。それを見ただけで「好きだわ」と思うあたり私は手の施しようがないくらい彼に惚れ込んでいる。


「さっきから私の顔を見ているが何か付いているか?」

「い、いえ、なにも!」


いきなり目が合ってしまい、咄嗟に顔を逸らす。

好きな人を見つめるだらしない顔を見られたくなかったからだ。

今度は私が彼からの視線を浴びる番だった。じっと凝視してくるレアンドルに頰が熱くなってしまうのは好きな人に見つめられて恥ずかしいから。

膝に乗せていた手をぎゅっと握り込もうとすれば隣から伸びてきた大きな手に阻止されてしまう。


「強く手を握るな。綺麗な手に爪の痕が残るだろ」

「ご、ごめんなさい」


綺麗な手。そう言ってもらえるだけで嬉しい。

まるで当たり前のように手を繋がれて、宝物のようにそっと力を込められる。

好きじゃないなら大切にしないでって気持ちと大切にするなら私だけにしてって思いがぶつかり合う。

ふと彼がどんな表情で私を見ているのか知りたくて隣を見上げると幸せを感じているような笑顔が迎えた。


「ヴィオ、君に大事な話がある。披露式が終わったら二人で話そう」

「お父様達からは外泊の許可を貰っているから大丈夫よ」

「外泊の?」

「そうよ。レアと話し合いなさいと許可をくれたの」


レアンドルは目を大きくさせながら「気を使ってくれたのか?」と独り言を呟く。


「ところで大事な話って良い話なのかしら?」


嫌な話なら聞きたくない。

聞かなきゃいけないのは分かっているけど、それでも別れ話をされたくない我儘で愚かな私がいるのだ。

レアンドルは返答に困った様子を見せた。

ああ、悪い話なのね。


「良い話になるかどうかはヴィオ次第だ」

「私次第?」

「ああ、君が私の話をどう受け止めるかによって良し悪しが変わってくる」


やっぱり別れ話ね。

私の気持ち次第では受け取り方が大きく変わるもの。

まるで死刑宣告を受けたみたいな絶望に襲われる。

泣きそうになるのを堪えて笑顔を作って見せた。


「きっと良い話よ」

「本当か?」

「ええ」


レアンドルが私との別れて喜ぶならそれで良い。それに悪い話だと言って彼を困らせたくなかった。

レアンドルは口元を押さえて「まさかヴィオも?」と呟く。

私も別れを望んでいると思われたのだろうか?

全然違うのに。

落ち込む私とは反対にレアンドルは上機嫌となり鼻歌まで歌い始める。私との別れがそんなに嬉しいのかとさらに落ち込む。

これは明日ベルジュロネット公爵邸に帰ったらやけ酒すること必至ね。


「ところで君は良かったのか?」

「なにが?」

「今日の招待客の中に君を裏切ったご令嬢がいるだろう?ベルジュロネット公爵の指示で招いたが君は良かったのか?」

「ああ…」


私がイヴァン殿下とテレーズに裏切られたことは有名だ。教えていなくてもレアンドルが知っていて不思議ではない。

彼女に会いたくないかと聞かれたら会いたくないが父の決定を覆すことは出来ない。


「お父様の指示なら仕方ないわ」

「君が嫌なら会場に入れないという手も取れるぞ?」

「大丈夫よ。なるべく顔を合わせなければ問題ないわ」

「そうか…」


安心したように頬を緩めるレアンドルに「気遣ってくれてありがとう」とお礼を言った。

彼は本当に優しい人だ。

女嫌いであるのに好きでもない女の私を気遣ってくれる。

緩みかかった頰をぎゅっと締めたのは一つの疑問が浮かんだからだ。

どうしてレアンドルは女が嫌いなのかしら?

彼が女嫌いであるのは有名な話だ。しかし理由は出回っていない。

一応それらしき見解はあるが噂の域を出ない信憑性の薄いものばかり。

聞いたら教えてくれるだろうか。


「ねぇ、一つだけ聞きたいことがあるの」

「なんだ?」

「レアはどうして女の人が苦手なの?教えてくれないかしら」 


私からの問いかけにレアンドルはぴたりと固まった。すぐに苦い顔をする彼に聞かなければ良かったと後悔する。

偽りの恋人である私が踏み込んで良い領域じゃなかったのだ。


「変なこと聞いちゃってごめんなさい。今のは忘れて…」

「披露式が終わったら話す。聞いてくれるか?」


私の言葉を遮った彼は決意を固めた表情を見せる。

おそらく話し辛い内容なのだろう。それに他者が聞いて気分が良くなる話ではないらしい。だからこそ彼は気遣って「聞いてくれるか?」と尋ねてきたのだ。

私から聞いたのだから気遣わなくても良いのに。


「レアが話し辛くないのなら聞かせてほしいわ」

「そうか」

「でも、貴方が少しでも嫌だと思うなら話さなくて良いから。無理だけはしないで」

「確かに人に話すのは躊躇う内容だ」

「なら…」

「でも、ヴィオには聞いて欲しいと思ってる。君だけには私の過去を知って貰いたい」


まるで私が特別な存在であるかのように言われて嬉しくなる。

自惚れてはいけないと分かっているけどね。

真っ直ぐ見つめてくるレアンドルを見つめ返しながら頷く。


「聞かせてもらうわ」


レアンドルは満足気に頷いた。

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