第37話

ソレーヌから「一度で良いからエーグル公爵と話し合いなさい」という小言を貰ってから約一週間。

いよいよ今日はレアンドルと私の婚約披露式の日だ。

アストリから届いていたドレスを身に纏うと周りに立っていた侍女達からは「ほぅ…」と感嘆の声が漏れ聞こえてくる。一瞬で周りを魅了するなんて流石は大人気仕立て屋が用意してくれたドレスだ。

ドレス負けしないような化粧を施し、髪を整えてくれた侍女達には感謝しかない。


「ヴィオ、そろそろ準備出来た?」


部屋を叩く音と一緒に入ってきたのは母だった。

私の姿を見るなり「まぁ!」と嬉しそうな微笑みを携えて駆け寄ってくる。母まで魅了するとはアストリのドレス効果は絶大だ。


「よく似合っているわ。とても綺麗よ」

「ありがとうございます」

「エーグル公爵が選んだデザインなのよね。彼の見る目は確かなのね」


うんうん、と嬉しそうに話す母に苦笑する。

レアンドルが選んでくれたドレスを身に纏っていると思うだけで嬉しさと切なさがごちゃ混ぜになったような複雑な感情になるのだ。

全くもって恋心は面倒なものである。

そうこうしているうちに準備をしてくれた侍女達が退出していくのでお礼を言っていると私の周りをぐるぐると回っていた母が目の前に戻ってきた。


「こんなに美しい装いをしているとなると絶対に今日は帰してもらえないわね」

「お母様はそればかりですね。あり得ませんよ」

「この前、馬車の中で色々されたのに?」

「あ、あれはエーグル公爵が酔っていたからです」


もしレアンドルが酔っていなかったら馬車での出来事は発生していなかった。事故のようなものだ。

彼が私を好きとか期待してはいけない。違うと分かった時に傷つくのは自分なのだから。

呆れたような表情を見せる母から「我が娘ながら鈍感過ぎて頭が痛くなってくるわ」と言われてしまう。

ソレーヌにも鈍感と言われたが母からも言われると思っていなかった。


「鈍感じゃないです。ちゃんと自分の立場を分かっていますから」


レアンドルにとって私は恋人のふりをしている相手だ。

今は婚約者という立場に収まっているけど、きっと近いうちに彼からは別れを切り出されてしまうだろう。

女嫌いでも一人くらいは好きな人が現れるに決まっているのだから。


「うーん、そうね…」

「どうして微妙な顔をされるのですか…」

「本人同士の問題だし、親が首を突っ込むものじゃないわよね」

「なにを言っているのかよく分からないのですけど」


まるで私の言葉を聞いていない母に首を傾げる。

少し考え込んだ後に肩を掴まれて吃驚する。


「ヴィオ。今日は帰って来なくて良いからエーグル公爵と話し合いなさい」

「レーヌにも同じことを言われたのですけど、どういうことですか?」

「話を聞いただけのレーヌちゃんでも分かっているのにどうしてヴィオは気が付かないのかしらね…」


私だけが大事なことに気がついていない?

二人が言うようにレアンドルと話し合えば分かるのかしら。

気持ちを自覚してしまった今二人きりでじっくり話すのは心臓に悪いのだけど。

普段の揶揄うような微笑みではなく真顔で「良いわね?」と言ってくる母の気迫に負けて小さく頷いた。


「そっちの問題は大丈夫そうね。それよりも…」

「なにかあるのですか?」

「今日の披露会の招待客は確認してるわよね?」

「ええ、一通りは」


そこで母が言おうとしていることが分かってしまった。

今日の招待客の中に会いたくない人物が一人いる。

私を裏切った元親友テレーズだ。


「テレーズのことですか?」

「ええ、その通りよ」

「彼女を招く必要はなかったのでは?」

「旦那様の指示だからね。エーグル公爵も反対出来なかったのよ」


父がテレーズに与えた罰は招待を受けた舞踏会への強制参加だ。

見せしめとも言える罰。誰にも声をかけられず、それどころか方々から罵倒の声を浴びせられる地獄のような空間。一人耐え続けなければいけないテレーズは心労から一ヶ月前の可愛らしさを失っているらしい。


「どうしてお父様は彼女を招くように指示を出したのでしょうか?」

「私の予想だけどヴィオの幸せそうな姿を彼女に見せつける為だと思うわ」


それと見せしめの為ね。

裏切った相手の婚約披露式に訪れるのはこれまで以上の罵詈雑言を与えられるだろう。

そこまでしなくても。

そう思うが彼女の裏切りを許せるわけでもないので大人しく従うしかない。


「ヴィオ、気をつけるのよ。ここ一週間のあの子は様子がおかしいみたいなの」

「おかしい?」

「ヴィオを恨むようなことばかりを言っているらしいわ。自業自得なのに面倒な子よね」


精神的に追い詰められているテレーズが私を恨む気持ちは分かる。ただ恨まれる筋合いはないのでいい迷惑だ。


「だから今日は出来るだけエーグル公爵の側にいるようにしなさい」

「分かりました」

「それとあの子には近づかないように」


言われなくても近づこうとは思わない。

出来ることなら顔を見たくないもの。


「念の為に忠告したけどあの子は私と旦那様が見張っておくからそこまで気にかけなくても大丈夫よ」

「お手数おかけします」

「良いのよ。旦那様が呼び出したのが悪いのだから」

「わ、分かりました」


テレーズも顔だけ出したらすぐに帰ってくれたら良いのに。

それを父が許すかどうかは別問題だけど。


「そろそろエーグル公爵が到着する頃ね。下で待っていましょうか」

「そうですね」

「ああ、ちゃんと避妊薬は」

「待っていますから声に出さないでください」


重くなった空気を和らげようとしてくれるのは分かるがその言葉を出すのだけはやめてほしいところだ。

母は普段通り揶揄うような笑みを見せた。

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