第36話

レアンドルへの気持ちを自覚してしまった今誰かに相談したくて向かったのは友人ソレーヌのところだった。


「うわっ、酷い顔」

「開口一番にそれを言うのやめてくれない?」


昨日の諸々と父から言われた謎の言葉のせいで悶々としている為、酷い顔になっているのは自覚している。

でも、挨拶より先に言うことじゃないでしょ。

ソレーヌを鋭い目付きで見つめる。


「だって酷い顔してるし…。エーグル公爵と何かあったのね」

「ご明察よ。流石はレーヌね」

「とりあえず中に入ってハーブティーでも飲みましょう」


ソレーヌの部屋に到着して、ハーブティーを口にすると少しだけ気分が落ち着く。

前を見ると頬杖を突きながら心配そうに見つめてくる友人の姿があった。


「それで何があったのよ」

「じ、実はエーグル公爵を好きになっちゃったの」


好きな人が出来たと報告するのって結構恥ずかしいのね。心臓に負担が掛かるし、言うのはソレーヌだけにしておきましょう。

一瞬固まった後「えぇぇ!」と淑女らしからぬ叫び声を上げるソレーヌ。

驚き過ぎて心臓止まるかと思ったわ。

胸元を押さえているとガシッと肩を掴まれて揺さぶられる。


「ちょっと、本気?前に来た時は恋人のふりをしているだけって言ってたわよね?一体何があったのよ!包み隠さず話なさい!」

「お、落ち着いて。ちゃんと話すから…」


興奮状態のソレーヌは危険そうね。

そう思いながら昨日の話を順を追ってしていく。

レストランの話をしているあたりからソレーヌの表情が呆れたものに変わっていた。しかも馬車であったことを話し終えた途端に「もう良いわ」と言われてしまう。

流石に友人の情事の話は嫌だったかと申し訳ない気持ちになっていると「よく聞きなさい」と言われた。


「それもう恋人のふりじゃないから。完全に恋人扱いされているわよ」

「そんなことないわよ。エーグル公爵からしたらふりの範疇に決まっているわ」

「あからさまに好意を伝えているのに全然伝わってないとか。エーグル公爵が可哀想になってくるわ」


残念な者を見るような目をしたソレーヌは溜め息を吐いた。どうして私じゃなくて彼を可哀想だと言うのだ。

本当の恋人のように振る舞われて好きにさせられた私の方が可哀想に決まっている。


「ヴィオって鈍感なのね。よく分かったわ」

「どういう意味よ…」

「明らかにエーグル公爵はヴィオを好いているでしょうが!どうして分からないのよ!」


怒鳴られてしまった。

レアンドルが私を好き?

馬車の中では沢山好きって言われたし、愛しているとも伝えてもらった。でも、あれは酔っ払いの戯言であって彼の本心ではない。

そもそも私を好きになってもらう要素が見当たらない。


「エーグル公爵が私を好きになるわけがないわ」

「どうしてそう思うのよ」

「だ、だって、私には魅力的な部分がないじゃない」

「は?魅力的だと思うけど…」

「お世辞は要らないわ」


公爵家の生まれで魔法の腕がちょっとだけ優秀。私はそれだけの女なのだ。

きっと私に魅力がないから元婚約者であるイヴァン殿下は浮気をしたのだろう。

そう思うと悲しくなってくるわ。

隣から「面倒な方向に拗らせてるわね」と聞こえてくる。


「元婚約者には浮気されて、親友には裏切られて、おまけにやけ酒して女嫌いの公爵に迷惑かけているのよ。拗らせたくもなるわよ!」

「あー、分かったからちょっと落ち着きなさい。ほら、ハーブティー飲んで」


無理やり持たせられたカップに入ったハーブティーを一気飲み干した。

幾分か落ち着きを取り戻すが悶々とする気持ちが残る。


「それにお父様も変なことを言ってくるし」

「変な事?」

「本気でエーグル公爵を好きだってお父様に伝えたのよ。そしたら『レア君を認めるしかないか』って意味の分からない言葉を残したのよ。意味を聞いても教えてくれなかったわ」


ソレーヌは考える仕草を見せた後でなにか分かったような表情を見せた。

察しの良い友人のことだ。父の言葉の意味を理解したのかもしれない。それを尋ねたかったのだけど、ぶつぶつと考え込む彼女に声をかけられなかった。


「もしかしてエーグル公爵って最初からヴィオを…」

「なにか言った?」

「ううん、なんでもない」


誤魔化されたような気がするのだけど、きっと気のせいだろう。

やけにすっきりした表情を見せるソレーヌがテーブルに身を乗り出してくる。


「それでエーグル公爵に告白したりしないの?」

「む、無理よ。向こうはただの演技なのにこっちが本気になったと知ったら絶対に面倒臭がられるわ」

「つまり告白しないって事?」

「面倒な女だって嫌われたくないの。ふりで我慢しなくちゃいけないわ」


そうよ。たとえふりだったとしても好きな人から恋人扱いしてもらっているのだ。まともに恋愛をさせてもらえない貴族社会の中で考えると好きな人が出来て大切にしてもらっている私は恵まれた方だと思う。

十分過ぎるのだ。これ以上は欲張っちゃいけない。


「彼に好きな人が出来るまでの間だけでも恋人のように振る舞ってもらえるのよ。幸せなことだわ」


これまでは忙しいレアンドルに遠慮していたけど、恋人のふりをしている時くらいは甘えても大丈夫でしょう。

今のうちに沢山お出かけして思い出を残しておかないと。


「本気でエーグル公爵が可哀想になってきたわ」


意気込む私の横で友人の呆れた声が小さく響いた。

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