第22話

王妃様とレアンドルへの贈り物は後日屋敷に届けてもらうことになり装飾品店を出る。

既に日は暮れており、少しだけ冷え込んできている。急な寒さにぶるりと身体を震わせると隣から大きな手が伸びてきて抱き寄せられた。


「寒いだろう。私は体温が高いから寄りかかっていると良い」

「あ、ありがとう…」

「気にするな」


男性とぴったりとくっ付いて意識しないという方が無理だろう。やや強めに抱き締められている肩に熱が持ち始める。


「そろそろ帰るか」

「ええ」


肩を抱かれたまま向かったのは城下町入り口に待機していたエーグル公爵家の馬車だ。中に入ると当たり前のように隣同士に座った。


「今日はどうだった?楽しかったか?」

「とても楽しかったわ」


久しぶりの城下町はかなり楽しかった。

レアンドルとの関係が偽りのものであると改めて突き付けられたのは少しだけ寂しく思えたがそれでも楽しかったのだ。


「今日は連れてきてくれてありがとう」

「こちらこそ楽しい時間をありがとう。ところで次はいつ会えそうだ?」

「ネクタイピンとカフスボタンが届いてから会えると嬉しいけどレアに合わせるわ」

「それなら再来週はどうだ?披露式の最終打ち合わせも兼ねて劇を観に行こう」


再来週となるともう婚約披露式直前だ。

打ち合わせは必須だし、なにより劇を観に行けるという素敵なお誘いに私が乗らないわけがない。大きく頷いて「是非!」と元気に返事をする。


「よし、決まりだ。詳しい時間は追って連絡させてもらおう」

「お願いします」

「ああ、そうだ。忘れないうちにこれを渡しておこう」


レアンドルから渡されたのは手のひらサイズの小さな白銀の箱だった。

なにこれ?

箱をよく見ると白い文字でビジュー装飾品店の名が刻まれていた。

隣から「開けてみてくれ」と声をかけられる。箱の周りに丁寧に巻かれていた青色のリボンを解いて中を確認すると入っていたのはサファイアが嵌った指輪だった。

驚きながらレアンドルを見上げると青色の瞳が真っ直ぐこちらを捉える。


「婚約指輪だ」


彼から視線を逸らして、もう一度指輪を見る。

サファイアを包む丸みのあるシルバーの形は鈴蘭の花によく似ている。

鈴蘭の花言葉は幸福が訪れるだ。

これまでの贈り物といい、指輪といい、この人は私の好みをよく理解している。


「さっき君が王妃への贈り物を選んでいる時に買ったんだ。披露式の時に、いや、普段から付けていてほしい」

「分かったわ」


仲良しだと周りに見せつける為の小道具だろう。

レアンドルに「付けさせてくれ」と言われるので指輪を渡して左手を差し出す。

すっと通された指輪は私の指の大きさにぴったりだった。


「嬉しいわ、ありがとう」


自然と溢れ出た笑みは嘘偽りのないものだった。レアンドルは大きく目を見開き、そしてゆっくりと近づいてくる。

日が暮れた馬車の中、薄暗い車内で私達の影は重なった。


「ん…」


微かに漏れ出た私の声でレアンドルは我に返ったかのように離れていく。

お互いに押さえるのは自身の唇だ。

な、なんでキスされたの?

キスをされた理由もさることながら自然と受け入れた自分にも戸惑いが隠せない。隣を盗み見るとレアンドルもかなり狼狽えていた。

これは、あれね。指輪効果でちょっと雰囲気が良くなったから勢いでしちゃったのよね。そうに決まってるわ。


「す、すまない」

「いえ、気にしていませんから」


ただの勢いだと思えば冷静になれた。しかしレアンドルは未だに狼狽えている様子。こちらを見ようともしない。

顔を合わせたら合わせたで気不味いから良いけど。

この後、屋敷に到着しても私達が顔を合わせることはなかった。

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