第21話

レアンドルに贈り物をしたいという話題を出した途端にガハリエとアナイスは頰を緩め,温かい視線を送ってくる。

妙な居心地の悪さを感じつつ、話を続ける。


「それで、あの、エーグル公爵には何を贈ったら良いと思いますか?」

「そうですね。レアンドル様は魔法省にお勤めの方。普段使い出来る物であればネクタイピン、カフスボタンあたりが良いと思います。如何でしょうか?」


ガハリエが即答してくれる。

確かにどちらも実用的だ。

派手な物にしなければ普段使いも出来るし、逆に豪華な物にすれば舞踏会に付けて行くことだって可能だ。

どうせならレアンドルの趣味に合う物を選べたら良いなと思う。


「どちらも用意をお願い出来ますか?」

「畏まりました。幾つかお持ちして参りますね」

「お願いします」


ガハリエが部屋を出て行ったのと同時にアナイスから声をかけられる。


「エーグル公爵様とは仲がよろしいのですね」

「そ、そうですね」


仲が良いというか仲良くしているように見せているというか。

本当のことは言えないので苦笑いで誤魔化すとアナイスは不思議そうな表情を向けてきた。でも、あの女嫌いで有名な人が普通に接してくれているのだから女性の中では仲が良い方よね。

私の思い違いじゃなければ、だけど。

そんなことを考えているとアナイスは私の胸元に飾られているサファイアのネックレスを見るとゆるりと目を細めた。


「それにしてもエーグル公爵様の想い人がヴィオレット様だったのは意外でしたわ」

「え?」

「ここだけどのお話ですがそちらのネックレスを購入される際、エーグル公爵様は『とても大切な人への贈り物だ』と仰いていましたの」


その言葉に胸が熱くなった。しかし、すぐに冷静な自分が忠告をしてくる。

彼は恋人のふりをする為に仕方なく言ったのだ。深い意味が込められているはずがない。

レアンドルから与えられる優しさに浮かれても意味がないのだ。


「そう、ですか…」

「嬉しくないのですか?」

「そんなことはありません。とても嬉しいです」


こういう時、誤魔化すのに淑女の仮面は便利だ。

幼い頃から身に教え込ませた完璧な笑顔を作って対応をした。

程なくしてガハリエが戻ってくる。どういうわけかレアンドルも一緒だった。

私を見るなり眉を下げるレアンドルは「ガハリエに誘われてな。邪魔じゃないか?」と尋ねてくる。


「邪魔じゃないわ」

「そうか」

「折角だから一緒に選びましょう」


趣味に合わない物を贈るより彼自身に尋ねながら選んだ方がずっと良い。

そう思って誘うとエーグル公爵は存外嬉しそうな表情を見せた。そして私の隣に腰かけた彼はやけに距離が近い気がする。


「近くない?」

「恋人なのだからこれくらいは普通だ」


小声で尋ねると耳元に囁かれる。

父の前じゃないのだからここまで徹底して恋人のように振る舞う必要はないと思うのだけど、微笑ましそうに見つめてくるビジュー夫妻を前に彼を振り払うことは出来なかった。


「ネクタイピンとカフスボタンか」

「どっちが良い?」

「ヴィオが選んでくれたら物なら何でも構わない」


そういう返答が一番困るのだけど。

ガハリエが持ってきてくれた物を眺めるとエーグル公爵家の家紋にも使用されている鷲が刻まれているネクタイピンを見つけた。よく見ると鷲の目の部分には小さな窪みがあり、小粒の宝石が嵌められそうだ。

それを持ち上げてレアンドルに見せる。


「これはどう?」

「鷲か。良いデザインだ」

「では、これにしましょう」

「そちらのデザインでしたら同様の物がこちらのカフスボタンにも描かれていますよ」


渡されたカフスボタンを見ると確かに鷲の絵がサファイアの奥底に刻まれている。レアンドルの瞳の色にも合っているし、なかなか良いと思う。しかし彼が欲しがっていたのはエメラルドの物だ。


「ガハリエさん、サファイアからエメラルドに変更は可能ですか?」

「お時間を頂ければ可能です」

「では、交換をお願いします。それからネクタイピンの方にも同様にエメラルドを嵌めてください」

「それは……畏まりました」


一瞬、目を瞠ったガハリエは優しい笑みを溢して、頭を下げた。その隣には彼同様の笑顔を見せるアナイスが私を見つめている。

ああ、完全に誤解されているわ。

誤解されるのが目的なのだけど騙しているみたいで申し訳ない気持ちになる。


「ヴィオ、ありがとう」


ビジュー夫妻に苦笑いを送っていると肩を抱き寄せられて耳元でお礼を囁かれる。

隣を見ると愛おしそうなふりで見つめてくるレアンドルがいた。

ふりだって分かっているのに胸が高鳴ってしまうのは彼の顔が良いせいだ。他意はないはず。

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