第20話

装飾品店に入ると白髪の老男性が出迎えてくれる。

名前はガハリエ・ビジュー。

父と仲が良く、幼い頃よりお世話になっている人だ。


「いらっしゃいませ、レアンドル様,ヴィオレット様」


優雅にお辞儀をした彼は頭を上げるとにっこりと微笑む。

私のことはともかくレアンドルも名前で呼んでいるあたり関わりがあるのだろう。

そういえば彼から貰った装飾品類はこのお店の物によく似ている。高位貴族御用達のお店なので別に彼が利用するのは不思議ではないので別に良いけど。

ぼんやりの考えているとガハリエと目が合う。


「どうぞこちらへ」


案内されたのは二階の応接室だった。

中に入るとガハリエはお茶の用意をしてきますと部屋を出て行く。


「ヴィオ、私は一階にいる」


中央に配置されたソファに座るとレアンドルから声をかけられる。

おそらく一人で贈り物を考える時間を与えてくれようとしているのだろう。私は首を縦に振り「分かったわ」と返事をした。


「では、また後で」

「ええ」


部屋を出て行くレアンドルと入れ替わりで入ってきたのはガハリエと彼の妻であるアナイスだった。


「お待たせ致しました。おや、レアンドル様はどうされたのですか?」

「一階にいると言っていました。私が集中して品を選べるように気を使ってくれたのでしょう」

「そうですか」


短く返事をしたガハリエ。彼の隣では紅茶をカップに注ぐアナイスの姿があった。

どうぞ、と差し出された紅茶を一口飲むとガハリエから声をかけられる。


「ヴィオレット様、本日はどのようなご用件で?」

「実は王妃様に贈り物をしたくて」

「王妃様に?お祝いの品でしょうか?」

「いいえ、お礼として贈りたいのです。ガハリエさんのお勧めの物を見せて頂けますか?」


畏まりましたと部屋を出て行くガハリエを見送り、もう一度紅茶を口に含む。

ルビーを使用した品を出してほしいと伝えなかったのはガハリエも王妃様のルビー好きを知っているからだ。おそらく言わなくても用意してくれるだろう。

カップの縁をなぞりながら考えていると視線を感じて顔を上げる。私をじっと見ていたのは悲しそうな表情のアナイスだった。


「どうかしましたか?」


私が尋ねると彼女は気不味そうに目を逸らした。

普段だったら朗らかに話してくれるのに今日は様子がおかしい。どうしたのだろうか。

そう思っていると彼女はゆっくりと口を開いた。


「婚約解消の件、聞きました。お辛かったでしょう」


彼女が気不味そうにしていた理由が分かってスッキリする。

気遣ってくれている彼女には悪いけどイヴァン殿下のことなんて忘れていたわ。

婚約解消が行われてからまだ一ヶ月も経っていないというのに薄情な人間だと思われるかもしれないが解消後に衝撃的なことが起こってしまったのだから仕方ない。


「ヴィオレット様?大丈夫ですか?」

「ええ。確かにイヴァン殿下と友人に裏切られたのは残念でしたが、その後に素敵な出会いをしましたから」


素敵とは程遠い出来事だったが私とレアンドルの表向きの関係は仲の良い恋人。それを第三者に見せるのは大事なことなのだ。

私の言葉にアナイスは「まぁ!」と嬉しそうな声を出した。


「エーグル公爵様の事ですね」

「ええ。まだ正式な発表はされていませんが婚約させて頂いて今は幸せな気持ちでいっぱいですわ」

「そうなのですね。婚約解消の話を聞いた時から心配していたので安心しました」

「ご心配おかけしました」


お互いに頭を下げたところでガハリエが部屋に戻ってくる。

彼が持ってきてくれたのは四種の装飾品。

ネックレス、イヤリング、ブローチ、指輪、その全てにルビーが嵌められていた。

流石はガハリエ。王妃様の趣味をよく分かっている。


「どちらになさいますか?」


まず指輪は選択出来ない。非公開情報ではあるが王妃様は現在第四子を身篭っている為、今後のことを考えると指輪を嵌める機会はしばらくなさそうだからだ。

そしてネックレスもない。先日の催された王妃様の生誕会で陛下がルビーのネックレスを贈っていたのだ。それ以降は贈ってもらった品を身に付けているらしい。

そうなるとイヤリングかブローチの二択になるのだけどブローチは過去に贈った事がある。


「イヤリングを貰えますか?」

「畏まりました」


イヤリングは小さな薔薇の形をしており、その先には金色の細い鎖が付いている。精巧に造られているそれは王妃様に相応しい物だろう。


「何か魔法付与を行いますか?」


尋ねてきたのはアナイスだった。

魔法研究所の元職員だった彼女は腕の立つ魔法付与師だ。ガハリエとの結婚を機に研究所は辞めてしまったが彼の役に立ちたいという理由で販売される装飾品に嵌められている宝石への魔法付与を行っている。


「毒無効の魔法をお願い出来ますか?」

「毒ですか?」

「はい」


王妃様は子を身篭っている。

妊娠していることが公開された際、命を狙う輩が増えるだろう。

暗殺に使われやすいのが毒だ。王族には毒見が付いているし、王妃様自身にも毒の耐性はある。それでも隙を突いてくるのが暗殺者だ。出来るだけ万全の状態で過ごすのが良いはず。


「畏まりました。付与を行い次第、ベルジュロネット公爵家へ届けさせて頂きます」

「お願いします」


これで王妃様への贈り物は決まった。しかし用事が終わりではない。


「あの、実はレア…いえ、エーグル公爵にも贈り物をしたいのですのが良いでしょうか?」


次はレアンドルへの贈り物を決める番だ。

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