第12話

レアンドルと一夜を共に過ごして恋人のふりを始めてから約一週間が経った。

無事に婚約は成立したのだけど公には発表していない。おそらく婚約解消をしたばかりの私のことを考慮してくれているのだろう。

結局、私達の婚約披露式は一ヶ月後に行うということで落ち着いている。


「まめな人よね」


部屋に積まれている贈り物の箱を眺めながら呟いた。

疎らな大きさの箱が六個。全てがレアンドルから贈られてきた物だ。

貢ぎ体質なのか、お詫びのつもりなのか、それとも仲が良い恋人のふりをしているからなのかレアンドルは毎日のよう贈り物をしてくれている。

藍色のワンピースに、サファイアが付いたハート型のネックレス、桃の匂いがする香水など種類は様々だ。

驚くことに私が要らないと感じる物は一つも存在していない。優秀だからこそ出来る芸当なのか。


貰っているのは贈り物だけじゃない。

秀麗な彼によく似合う綺麗な字で書かれた手紙も贈られてきている。

適当に一言添えれば良いと思うのに真面目な性格だからか便箋三枚を使用した愛の告白めいた文章が書かれているのだ。

読むのが恥ずかしくなるくらいの手紙。返事をしないわけにもいかず私も便箋三枚を使用して愛の告白のような返事をさせてもらっている。

彼が私からの手紙をどう思っているのか知らないけど。


「明日会ったらどんな顔をすれば良いのよ」


明日はレアンドルの仕事がお休みの日。つまり二人で出かける日なのだ。

熱烈な手紙のやりとりを行っているせいか会うのがちょっとだけ恥ずかしい。


「でも城下町は楽しみなのよね」


私は公爵令嬢という身分上、頻繁に出歩くことを良しとされていない。城下町に行くのはかなり久しぶりなのだ。

久々に外に出ることを楽しみにしている私もいるわけで浮かれ過ぎないようにしないといけないと思っている。



翌日、レアンドルから贈られてきた物を身に纏った私は自室で彼の訪れを待っていた。

お互いの屋敷の中間地点にある城下町で待ち合わせにした方が良いと思ったのだけどレアンドルから迎えに行くと手紙をもらっていた為、屋敷で待機しているのだ。


「ヴィオ、エーグル公爵のお屋敷に泊まるなら事前に連絡を入れなさい。旦那様は私が誤魔化しておいてあげるから」


レアンドルを待っている間、私の相手をしてくれているのは母だ。

しかしさっきから「エーグル公爵にお持ち帰りされるかも」とか「今日は帰るつもりあるの?」とか揶揄うようなことばかりを言われている為、苦笑いしか出てこない。


「お母様、夕方には戻るつも…」

「ああ、そうだわ。例の小瓶は持ってる?」


私の言葉を遮るのように母が言ってくる。

例の小瓶というのは避妊薬が入っているピンク色の小瓶のことだ。

暗に「ことを為すなら避妊してね」と言われているわけで羞恥心が芽生える。

本音を言うなら小瓶を持ち歩きたくないが母と約束してしまった為、鞄の奥底に忍ばせている状態だ。


「夕方には戻りますから」

「そうなの?ゆっくりしてきても良いのよ?」

「してきません」


私は暇人だけどレアンドルは多忙人。

夜まで振り回すのは迷惑な話だろう。

どこか残念そうな表情を見せる母に呆れているとレアンドルが到着したという知らせが入る。

母と二人揃って玄関まで向かうとそこには既にレアンドルが立っていた。

白地のシャツに黒のスラックスという至ってシンプルな装いであるのにも関わらず妙な色香を纏って侍女達を魅了するのは彼自身の容姿の良さだ。

もしも彼が女嫌いじゃなかったら常に女性に囲まれている存在になっただろうに。


「ご機嫌よう、エーグル公爵」


母に声をかけられたレアンドルは深い礼をして挨拶をする。彼は私に視線を移すと切れ長で鋭い目付きを柔らかく緩めてこちらに歩み寄ってきた。

まるで恋人との再会を喜ぶような笑みを見せられて動揺する。

目の前に立った彼は笑みをさらに深めた。


「おはよう、ヴィオ」

「お、おはよう…」


挨拶を交わすとレアンドルは私の手を取り、そっと口付けを贈ってくる。


「また会えて嬉しいよ」


甘い言葉を投げかけてくる彼はとても女嫌いには見えないくらい眩しい笑顔を見せた。

思わず見惚れていると母の咳払いが聞こえてくる。咄嗟に手を離そうとしたがレアンドルはそれを許してくれない。


「エーグル公爵、本日は娘をよろしくお願い致します」

「ヴィオが楽しめるように致します」

「ああ、もし娘と仲良くするつもりがあるならば事前にご連絡を入れてください」


仲良くするつもりというのは恋人同士の行為をするならという意味だろう。

なにを言っているのよ…。

レアンドルが不愉快な気分になっていないから心配になり隣を見上げる。母の言葉を正しく理解した彼は普段通りの無表情を見せて「承知致しました」と返事をしていた。

彼の反応を見るにお持ち帰りということにはならないだろう。

母は満足気に頷いて侍女達を連れて奥に戻って行く。

残されたのは私とレアンドルだけだ。


「ヴィオ、私が贈った物を身に付けてくれているのだな。とてもよく似合っている」

「素敵な贈り物をありがとう。とても気に入ってるわ」

「そうか、それは良かった。では、そろそろ行くとしよう」

「ええ」


レアンドルとの長い一日が始まった。

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