第13話
城下町に向かう馬車の中、隣に座るレアンドルを見ると欠伸を噛み殺していた。
忙しい人なのだ。寝不足であっても不思議ではない。
城下町に着くまでの短い時間でも眠ってくれたら良いなと思ってしまう。
「レア、到着するまで眠ったら?」
私が声をかけるとレアンドルはハッとして、すぐに申し訳なさそうな表情を見せてくる。
「気を使わせてしまってすまない」
「いえ…。寝不足なの?」
「今週中に終わらせなければいけない案件があってな。ほぼ毎日徹夜だったよ」
よく考えてみれば父も忙しそうにしていた。
屋敷に帰ってこない日もあったくらいだ。
レアンドルも同じなのだろう。
そうなるとわざわざ今日出かける必要はなかった気がするのだけど。
「今日のお出かけは中止しない?」
「は?」
「お疲れなのでしょう?ゆっくりお休みされた方が良いと思うの」
幸か不幸か私は暇人だ。別にどうしても今日出かけたいというわけじゃない。レアンドルの余裕がある日に振り替えても全然良いと思っている。
喜ぶかと思ったのにレアンドルの表情は曇ってしまった。
「レア?」
「……君は私と出かけたくないのか?」
「え?そんなことはないけど…」
久しぶりのお出かけ。きっと私は浮かれてはしゃぐだろう。
寝不足のレアンドルを振り回したいとは思わないだけなのだけだ。それなのに彼はお出かけ中止を望んでいない。
もしかして…。
「レア、今日のお出かけを楽しみにしていたの?」
冗談半分で尋ねるとレアンドルは窓の方を向いてしまった。
怒らせてしまったのだろうかと不安になっていると小さな声で「そうだ」と肯定する言葉が聞こえたような気がする。
おそらく聞き間違いだろう。
女嫌いの彼が女と出かけることを楽しみにするはずがないと「なんて冗談よ」と笑った。
「楽しみにしていた」
こちらに振り返った彼は先ほどよりも大きめの声でそう言ったのだ。
嘘でしょ。
声には出さなかったが表情には出ていたようで拗ねたように「本当に楽しみにしていた」と繰り返されてしまう。
「町に行くのは久しぶりなんだ。楽しみにもなる」
そう続けられて「なるほど」と呟いた。
ただ単に城下町に行くのが楽しみなのであって私と出かけることに関しては二の次なのだろう。
紛らわしい言い方をして…。
一瞬でもドキッとした気持ちを返してほしい。疲れている彼に当たる気はないけど。
「レアも城下町に行くのは久しぶりなのですね」
「ああ。普段は王城に篭ってばかりだからな」
「お父様も同じような感じですね」
「だろうな。あの人は私よりもずっと多忙だ」
それは昔からだ。忙しいのにも関わらず家族との時間を大切にしてくれている。
過保護な部分が玉に瑕だけど理想の父親だと自慢出来る人なのだ。
「いつもは城下町でなにをしているの?」
「同僚と行く時は美味い物を食べ回っているな。一人の時は観劇に行く事が多い」
「本当ですか?」
つい過剰に反応してしまったのは私も劇を観るのが好きだからだ。
前のめりになって尋ねた私に一瞬驚いた顔をするレアンドル。くすりと笑って「ヴィオも劇が好きなのか?」と尋ねてられて大きく頷いた。
「ええ、大好きなの」
「そうか。今日は無理だが次の機会には劇を観に行くのはどうだ?」
「是非」
あれ?これってまたお出かけしようってお誘いなのかしら?
初めてのお出かけも終わっていないのに次の約束をするのはどうなのだろうか。
仮にも婚約者だし、恋人のふりをしている。別に変じゃないはず。それに劇を観に行けるなら私としても嬉しい限りだ。
「そうか。今日も楽しみだが次も楽しみだな」
「そうですね」
嘘偽りのない笑顔で返事をした。
城下町に到着するとそれなりに賑わいを見せていた。
どうやら小さなお祭りを開催しているらしく露店が立ち並んでいる。
「ヴィオ、逸れないように手を繋ぐぞ」
「えぇ」
差し出された手に自分のそれを重ねようとしたらガシッと掴まれてしまう。そして指同士を絡めるように手を繋がれた。
確かに離れ辛くなったけど、これ恥ずかしくないのかしら。
唐突な行動をするレアンドルを見上げる。美しい銀髪の隙間から赤くなった耳がちらりと覗いた。
「レア、普通に繋ぐのは駄目なの?」
「こっちの方が逸れ難いだろ?」
「それはそうですけど…」
恥ずかしがるくらいならやめた方が良いのに。
そう思うが「嫌なのか?」と聞かれそうなのでやめておいた。
隙間なく繋がった手が引っ張られる。
「ヴィオ、楽しむぞ」
無邪気に笑うレアンドルはちょっとだけ可愛かった。
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