第11話

「凄い数ね。エーグル公爵は独占欲が強い人なのかしら」


背中に付けられてるキスマークをなぞりながら楽しそうに話す母に苦笑いになる。

聞かれたところでレアンドルの独占欲についてはよく知らない。おそらく酔っ払った勢いで付けただけだろう。

溢れ出そうになった本音を隠した。

着替えが終わると母はベッドに腰掛けて隣に座るように促してくる。


「ヴィオ、これを飲んでおきなさい」


母から渡されたのは小さな錠剤が大量に入ったピンク色の小瓶だった。

別に病気にかかってはいない。それは母も分かっているはず。

じゃあ、この薬はなにかしら?

そう思いながら瓶の中身を眺める。


「それ、避妊薬よ」


母の言葉に思わず小瓶を落としそうになった。

ひ、避妊薬って。

そういえば致してしまった事実をどうやって両親に説明するかばかり考えていた為、妊娠の可能性を忘れていた。


「どうせ避妊しないでしちゃったんでしょ」


記憶があやふやな為、分からないがおそらく避妊はしていないだろう。

この国における避妊方法は二つ。

一つは避妊薬。もう一つは男性が達する時に出す液を中に出してもらわないこと。

前者はともかく後者に関しては完全な避妊にはならない。しかも完全に手遅れだから考えても仕方ないのだ。

だって起きた時あんなに…。

自分の中から溢れ出してきた白い液を思い出してしまい顔が熱くなる。

狼狽えている私を見た母は「やっぱりしていないのね」と呆れたように言ってきた。


「その薬は後から飲んでも効果があるものだから早めに飲みなさい」


小瓶から薬を二錠取り出して水と一緒に飲み込む。

その間にも母から薬の説明が入る。

渡された避妊薬は事前に飲んでも事後に飲んでも避妊の効果がある物。ただし事後の場合は一日以内に飲まなければ意味がないらしい。堕胎作用が含まれていないし不妊症にもならない為、繰り返し服用しても大丈夫だそうだ。


「嫁入り前にそれを渡すとは思わなかったわよ」

「あはは…」


私も嫁入り前に避妊薬を飲むことになるとは思いませんでしたよ。

結婚するまでは使わないだろうと小瓶を母に返そうとすると首を横に振られる。


「それは貴女が持っていなさい」

「え…」

「いつ、どこで、なにがあるか分からないもの」


にっこりと有無を言わさない笑みを浮かべる母に頰が引き攣る。

それは昨晩のことを言っているのでしょうか。

やらかしがある為、否定する言葉が見つからなかった。


「エーグル公爵がまた手を出さないとは限らないものね」

「そうでしょうか?」

「あら一回しちゃったのよ?二度目があってもおかしくはないわ」


レアンドルは女嫌いで有名な人だ。

おそらく二度と同じ過ちは犯さないはず。

別に求めてほしいと思わないし、私から彼を求めることもないと思う。


「ああ、そうだわ。お泊まりをする際には事前に報告しなきゃ駄目よ」

「えっ!」

「だってする時はエーグル公爵の屋敷で…」

「それ以上は言わなくて良いですから!」


どうして母は二度目があることを前提で話すのだ。言い足りなさそうな顔を向けてくる母に「もう十分です」とぎこちなく笑う。


「とにかく薬は有り難く頂いておきますから」

「エーグル公爵と会う時は持ち歩かないと駄目よ?」


母の中でレアンドルが節操なしになっている気がする。

ちょっと変わっているけど真面目で優しい人なのに。


「ヴィオ、返事は?」

「もちろん持ち歩きます!」


背筋を伸ばして返事をする。しかし避妊薬を持ち歩くってどうなのだろう。ピンク色の小瓶という如何にも性を感じさせる物に入っているし、知っている人が見たらすぐに気付かれそうだ。

これだけは他の人に見られないようにしないと駄目そうね。


「じゃあ、渡したい物も渡せたし私は部屋に戻るわ」

「あ、はい…」


じゃあね、と軽い挨拶をして出て行く母。

残された私は手に握っていたピンク色の小瓶の存在に深い溜め息を吐いた。


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