第8話
父とレアンドルの会話は二十分程で終わりを迎えた。心配でこっそりと話を聞こうとしたが魔法で防音壁を作られていたせいで内容は全く分からなかった。
一体何の話をしていたのだろう。
「ヴィオ」
父の執務室から出てきたレアンドルは無表情に戻っていた。残念に思っていると手を差し出してくる彼に首を傾げる。
「お茶にしよう」
「あ、はい…」
父と向かい合っていた時にみたいにすらすらと言葉を紡いでくれたら楽なのに。
そう思いながら彼の手を取った。
「どこでお茶にしますか?」
「……ヴィオの部屋が見てみたい」
「え?私の部屋ですか?」
普通、女性貴族というのは家族以外の異性を部屋に招いたりしない。それは婚約者であっても同じこと。
婚姻前に肉体関係を疑われては酷い醜聞になるからだ。
ただレアンドルとは酔った勢いで関係を持ってしまっている。それは父も母も知っていることだ。
それなら別に良いだろうと甘く考えた私は「良いですよ」と許可を出してしまった。
自室の扉を開き、中にレアンドルを招き入れる。
「可愛らしい部屋だな」
「そうですか?」
確かにお化粧台と天蓋付きの寝具は可愛いと思うが他は全然だ。
特に勉強机の周りは酷い。
机にも隣の本棚にも可愛くない本ばかりが並んでいる。別に可愛くない部屋だ。
「ヴィオは魔法関連の本ばかり読むのだな。魔法が好きなのか?」
お茶を用意している間、本棚を眺めていたレアンドルに尋ねられる。
「ええ。幼い頃は魔法省に入りたいと思っていましたから。好きですし、かなり勉強しました」
魔法省とは王城の一角に存在する強い魔力を持つ魔法師のみが務めることを許されている巨大組織だ。
魔物討伐や魔法の研究など様々なことを行っているのは知っている。ただ内情については外部に明かすことを許されていない為、次期王子妃教育でも詳しくは習わなかった。
「魔法省に?」
「父には猛反対されましたけどね」
父は魔法省で長官を務めている人物だ。
またレアンドルも幹部職に就いているということは知っている。
「まあ、そうだな。あそこは男ばかりだ。公爵が反対するのも無理ない」
「女性もいるのですよね?」
「いるにはいるが……全員がかなりの変わり者だ。あれを女として見ている者は魔法省には居ないだろうな」
変わり者の女性ばかり。
それはちょっとだけ面白そう。
「魔法省について知りたいのか?」
「ええ。ですが、魔法省のことは秘匿にしなければいけないのですよね?」
「業務内容は話せないが魔法省に勤めている人間の話くらいはしても問題ない。聞きたいか?」
「是非!」
一時は憧れていた場所。
そこに勤める人達の話を聞けるなら嬉しい限りだ。目を輝かせながら尋ねるとレアンドルは嬉しそうに笑って「分かった」と返事をする。
「では、お茶をしながら話すとするか」
「はい。こちらへどうぞ」
レアンドルが若草色のソファに腰掛けたところで気が付いた。
私の部屋に置いてあるソファは彼が座っている物のみ。しかも二人掛け用だ。
隣に座っても良いのだろうか。いや、駄目だろうと勉強机の椅子を引っ張ろうとする。
「ここに座れば良いだろう」
「いや、でも、近いですし…」
「恋人なのだろう。距離を取って話している方が不自然だ」
「ソウデスネ」
片言の返事をすると首を傾げられた。
意識してるのは私だけってことなのね。別に良いけど。
出来るだけくっ付かないように端に縮こまって座る。隣では私の淹れたお茶を飲むレアンドルがいた。
一口飲んだところで彼は大きく目を見開く。
もしかして口に合わなかったのかしら。
彼の眉間に寄っていた皺が次第に解れていく。
「美味いな」
「え?」
「ヴィオは紅茶を淹れるのも美味いのだな」
わっ、と声が漏れそうになったのは父の執務室で見た笑顔よりもさらに和らいだ微笑みを向けられたせいだ。
紅茶一つでこんな顔をされると嬉しくなってしまう。
「ふ、普通ですよ」
私は公爵家の生まれでつい先日まで王子の婚約者をしていた。厳しい教育を受けきたのだからこれくらいは出来て当然なのだ。
レアンドルはカップをソーサーに乗せて机に戻すと今度は私の手を握ってきた。
「普通じゃない。努力もなしにここまで美味い紅茶を淹れられるはずがないだろう。ヴィオは凄いな」
この人は心臓に悪い……かもしれない。
ドキドキとうるさい心臓のせいで紅茶の味はよく分からなかった。
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