第9話
レアンドルから聞かされる魔法省の話はどれも面白いものだった。
あっという間に時間は過ぎていく。
一頻り話が終わったところで丁度良くお昼の鐘が遠くから聞こえてくる。
「そういえば、本日はお仕事に行かれなくてよかったのですか?」
今更の質問を彼にぶつけると小さく頷かれた。
「ああ、問題ない。元々、今日は休みだからな」
「そうなのですね。もし宜しければ昼食を食べて行ってください」
「公爵達が許してくれるだろうか?」
「私が話をしてきますよ。少しだけ待っていてください」
驚くレアンドルを置いて部屋から出て行く。
向かった先は父の執務室だった。入室の許可をもらって中に入るとギロリと睨まれる。
なにかしたのかしら。
「ヴィオ。今までレア君と何をしていたのかな?」
「お話ですけど…」
「侍女達が騒いでいたよ」
「騒いでいた?」
『お嬢様がエーグル公爵様と二人で自室に入られてから全然出て来ないの!』
『本当に?それってもしかして、もしかすると!』
『こら!それ以上は声に出しちゃ駄目よ!』
タイミングが良いのか悪いのか執務室の外から侍女達のはしゃぐ声が聞こえてくる。
頭が痛くなってきた。
よく考えてみたら自室に男性を連れ込んだ挙句何時間も出てこないとなるとそういうことをしていると勘違いされてもおかしくない。
ちょっと考えれば分かったことなのに馬鹿でしょ。
「分かったかい?」
「はい…」
「私やアルメルはヴィオ達の関係を知っているし、変な事をしていないのを理解しているけど他の者は違う。舞い上がるのは良いけど周りの目を気にしなさい」
「はい…」
昨晩からの自分の気の緩みっぷりに落胆していると父に「それで何の用で来たのかな?」と尋ねられる。
昼食の話をしたら快諾してもらえた。しかし恥ずかしい注意を受けた後だった為、上手く笑えず引き攣った笑みが漏れ出た。
「ところで今レア君はどこにいるのかな?」
「私の部屋です」
「ヴィオ、私を怒らせたいのかな?」
「め、滅相もございません!」
本当に馬鹿。
これまで培ってきた淑女としての常識をどこに置いてきてしまったのやら。
逃げるように執務室を飛び出した。
急いで自室に戻るとレアンドルはのんびりとお茶を飲んでいた。
こっちの気も知らずに呑気なものだ。
「おかえり、ヴィオ」
「ただいま戻りました。昼食は一緒でも良いそうです」
「分かった。それよりも大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「ええ、大丈夫です」
全くもって大丈夫じゃないですけどね。
レアンドルはカップをソーサーに置いて、こちらに近寄ってきた。目の前に立った彼はそのまま整った顔が近づいてくる。
キスをされるのだと思って咄嗟に目を瞑るとぴったりとくっ付いた。
「熱でもあるのかと思ったけどないな」
くっ付いたのは唇ではなく額だった。
こちらのドキドキを返してほしい。
勝手に勘違いしたのは私だけど紛らわしい行為をしてきたのはレアンドルだ。離れて行った彼を睨み付けるときょとん顔を返される。
「どうした?」
「いえ、なんでもないです」
「そうか?」
「はい」
思わずつーんっとした態度を取ってしまった。しかしレアンドルは私の様子の違いに気が付かない。
しれっと私の腰に腕を回してきた。
「な、なにを…」
「何ってエスコートをするだけだ」
「なるほど」
変に意識しちゃ駄目よ。
私達は偽りの恋人なのだから。
両親の元に向かうと父が「遅かったな」と厳しい目を向けてくる。母はにっこりと微笑むだけだ。
とても居心地が悪い。
「変な事をしていないだろうな」
「勿論です」
父に尋ねられたレアンドルがなにもなかったかのように答える。
今は変なことをしていない。しかし昨晩はやらかしがある。全てを知っている母は必死に笑いを堪えていた。
「レア君、娘とはどんな話をしていたんだ」
「魔法省に勤める者の話をしていました」
「……ヴィオ、まだ魔法省に入りたいと思っているのか?」
「まさか。ただお話を聞いていただけです」
お父様はなにも話してくれませんからね、と拗ねたように言えば父は苦笑いをした。
「興味があるなら今度からは私が話すとしよう」
「その役目は私に譲ってください」
食い気味に言葉を発したレアンドルに驚いた。
ああ、恋人の演技をしているのね。
見事な演技だと思いながら父に「レアからお話を聞きたいです」と笑ってみせた。
「あら、仲良しね」
「ええ」
母からの揶揄う声に笑顔で応えていると父が「ヴィオはこの男の事を何も分かっていない」とか呟いていたけど意味が分からないので無視をした。
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