第7話

父の執務室に訪れると扉を叩く前に「入れ」と言われてしまう。

どうやら気配で分かっていたらしい。

レアンドルと顔を見合わせ小さく頷き合ってから執務室の中に入る。目の下に隈を作った父が書類からこちらに視線を向けた。

おそらく夜通しここに篭っていたのだろう。

威圧感のある父に私は怯みを見せた。


「随分と早い帰りだね、ヴィオ」

「も、申し訳ありません」


皮肉めいたことを言う父に頭を下げて謝る。


「昨晩はどこで何をしていたのかな?」

「それは…」


ちらりと見上げたのはレアンドルだった。

彼は私の視線に気が付くと柔らかく笑う。初めて向けられた笑顔は安心感を覚えさせられる。そっと私の肩を抱き寄せたレアンドルは父の座っている執務机の前まで歩く。


「昨晩、ヴィオは私と共に居ました」

「レア君、君には尋ねていないよ」


じろりと睨み上げる父にレアンドルは眉一つ動かさず見つめ返した。


「女性の口からは言うには憚れる事でしたので私が代弁したのです」

「つまりヴィオの口からは言えないような事をしたのかな?」

「否定はしません」


母の時と違って狼狽えた様子を一切見せないレアンドルに感心する。

魔力を使って相手を威嚇する威圧と呼ばれる魔法が父から放たれた。誰でも使える魔法ではあるが保持者の魔力量によって強弱が変わる。魔力量の多い父の威圧は壁に割れ目を作るくらい強力なものだった。


「へぇ、それはそれは女嫌いが珍しい事をするものだね」

「女嫌いは否定しません。ヴィオが特別なのです」

「特別?そんな話は一度も聞いた事がないよ」

「婚約者がいる相手を好きだとは言えないでしょう。ですが今のヴィオは独り身。好きだと言っても問題はないはずです」


嘘なのか本当なのか分からない言葉をさらさらと並べていくレアンドルに父は薄っすらと笑った。


「つまり君はヴィオが好きでどうしても欲しかったから無理やり手を出したのか?」

「無理やりというわけでありません。合意の上です」

「……ヴィオ、本当かい?」


父に尋ねられて一瞬動揺しそうになるが全力で抑え込む。

駄目だ。レアンドルだって立派な演技をしてくれてるのだから私も負けていられない。

すっと息を吸い込み、父を見つめる。


「本当です。実は彼とは昨晩から恋人になりました」

「恋人に?」

「ええ。告白したら両想いだと分かり舞い上がってしまって、そのまま…と言うわけです」

「告白ってヴィオはこの男が好きなのか?」

「ええ。ずっと前からお慕いしておりました」


我ながら見事な演技だと思う。

レアンドルが嬉しそうに見てくるのが気になるけど、きっと彼も演技中なのだ。私は彼の大きな手を握り締めて微笑み返した。

父の前でなに馬鹿なことをやっているのだと冷静な私が言ってくるが一歩間違えればレアンドルの命が危ないので無視を決め込む。


「ずっと前から…?あの馬鹿殿下と婚約していた頃からか?」


流石の父も動揺が隠し切れていない。私が嘘をついたからこその動揺だと考えると少しだけ優越感を感じる。

いや、悦に入っている場合じゃないでしょ。


「実は…そうなのです。もちろん諦めようと思っておりました」

「そ、そうなのか」


泣きそうな顔を見せると父は動揺に声を揺らした。


「そこに先日の事件が起こり、殿下との婚約は解消となりました。もうこれはレアに想いを伝えろという天からのお告げだと思ったのです!」


うわぁ、恥ずかしいことを言ってるわ。

これは後で思い返して死にたくなる発言ね。

驚いた表情をする二人の視線が痛くて仕方がない。


「レア?愛称を呼び合う仲なのか?」

「恋人なのだから当たり前ですわ」


しれっと答える。

内心では愛称で呼ぶ度に精神を擦り減らしているのだけど悟られるわけにはいかない。


「……本当に付き合ってるのか」

「付き合いたいと思っておりますがお父様が認めてくださらないなら諦める他ありません」

「ヴィオ…」

「お父様、どうか私達のことを認めて頂けませんか?」


狼狽える父を見たのは生まれて初めてのことだった。

私とレアンドルを交互に見た父はやがて諦めたように溜め息を吐いた。


「分かった、交際を認めよう。しかし無断で外泊というのは頂けない。しっかり反省しなさい」

「申し訳ありませんでした」

「レア君。君も同じだ」

「はい、大変申し訳ありませんでした」


私達の謝罪を受けた父は身体の力が抜けたのか席の背もたれに寄りかかる。


「レア君、今後の話をしよう。ヴィオは出ていなさい」

「ですが…」

「ここからは公爵同士の会話だ。良いね?」

「わ、分かりました」


レアンドルのことが心配になり、彼を見上げるとそっと頭を撫でられた。


「大丈夫だ。後でお茶を飲もう」

「え、えぇ…」


馬車にいた頃と別人のように優しく笑う彼に違和感を感じながら父の執務室を後にした。

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