共感覚から始まる
仕事帰り、遠坂百合は等間隔に設置された街灯に照らされた唐草模様の風呂敷を背負った男を見て、「ドロボウ!」と反射的に叫んでしまった。夜だったこともあり辺りに人気はなく、彼女の叫びを聞きつけた人もいなかった。
「誰がドロボウですか」
叫ばれた男は、背負った風呂敷の位置を直し直し、恨めしげに百合を睨みつける。
「こんなベタなドロボウがいてたまるかって話ですよ」
「はあ、でも母の子どもの頃の時代にはこんな感じの行商人さんがいて、ドロボウさんもそういう行商人の真似をしてそんな感じの格好だったとかなんとか」
「それはあなたのお母さんの時代の話でしょう。今は現代日本ですっ」
言われてみればそうである。
「ごめんなさいね、私古い漫画が好きなものだから、認識もちょっと古いのかもしれないわね」
「好きな漫画は?」
「お気に入りはドクタースランプアラレちゃんと奇面組かしらね」
「なるほど気に入りました」
ガッシと風呂敷男は百合の手を握り、そのままどこかへ引きずって行った。
〇
二十四時間営業のファミレスに百合が連行されて、二時間が経過した。夕飯にミートドリアとサラダをちびちび食べる百合の対面でミックスグリルを泣きながらかっ込む男がさめざめ語る事には、部屋で彼女と飲んでいていい雰囲気になってさあお楽しみだ! と彼女の手を握ったところで、告げられたのだそうだ。
『ゴメン、拓郎君には悪いけど他に好きな人が出来たんだ』
その言葉を聞いて、彼は問いただす元気もなく、荷物を纏めて彼女の部屋を飛び出して来たのだそうだ。
「約束が違うじゃないですか、友達からお願いして彼氏に上り詰めて、『イイコトしたいのはわかるけど、そのうちね』なんて言ってたくせに。ああ女々しいのはわかりきってます、わかってますよ、わかってますけどねえ!」
百合が黙り込んでいるのを見て、拓郎は一度口をつぐんだ。
「……フッ、酔っぱらいの戯れ言さ。聞き流してくれてかまいませんよ」
「そんな……まあいきなり人の事店に引きずって来て愚痴って迷惑だし変な人だしフラれそうな人だなあとは思ったけど」
グサグサと、フォークを刺されたハンバーグやウインナーのように、言葉が拓郎に刺さる。
「あなたの話聞きながらね、私も学生の時似たような事あったなあって思ったの。ちょっと仲のいい男の子がいてね、趣味も合ったし話すと楽しかった。それでね、ある日告白したら、『ゴメン、百合の事そういう風には見れない。他に好きな奴いるし』って」
セルフサービスのコーヒーにシュガースティックを入れてよくかき混ぜ、飲み下す。砂糖を入れても量が足りないのか、黒い液体が苦かった。
「自分の災難を嘆くよりも同意して、恥ずかしくなっちゃった。こういうの共感性羞恥心って言うのかしらね」
年下らしい拓郎に、大人の笑顔で過去を語る。拓郎はその顔をジッと見つめていたが、やがてかたわらに置いていた風呂敷から、一輪の花を取り出した。
「これは?」
「あげます。僕の家花屋なんで。ホントは彼女にあげるはずだったんスけど……」
「そういうのは言わぬが華、よ。あら、シャレみたいになっちゃったわね」
「そ、そっか、すみません……」
花を抱えて、拓郎はあたふたとどう弁解したものやら言葉を探している。不器用な子だ。味わい深く、顔も結構カワイイが、なるほど同世代の女の子にはモテないかもしれない。
「お姉さん振るなんて、ソイツ見る目ないですね。ドクタースランプも奇面組も好きな趣味のいいお姉さんをさ」
「そうかしらね」
あわてふためくあなたを見て面白がっている私は趣味がいいと言えるのかしら。百合は内心考える。
「そういえば、お姉さんの名前。まだ聞いてないや」
「私、私の名前は──」
百合は拓郎が抱えている花を指さす。
「あなたの手の中にあるわ」
第152回 二代目フリーワンライ企画より……唐草模様 約束が違う 酔っ払いの戯れ言さ 共感性羞恥心 それから二時間が経過した
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