第17話 影の騎士の暗躍

 イーサーは、16歳。

 青年というべきか、少年というべきか、微妙な年齢だ。

 双子の妹ルルとマレの神殿に捨てられた孤児だったが、歌と舞を披露する歌劇団の座長に引き取られ、結構大事に育ててもらった。


 二人が得意としているのは、妹のルルは舞、イーサーは舞踏だ。舞踏は、舞とは少し違い、アクロバティックな激しい動きを見世物にするものだ。上半身の服を脱ぐことも多くて、よくファンの子たちにキャーキャーと騒がれる。

 イーサーのファンは、もちろん若い女の子たちだ。イーサーは自分の顔が整っていることは知っていたし、背も高く、鍛えている体にはそこそこ自信がある。女の子たちに騒がれるのも当然かと思っているのだが、以前ルルにそう言ったら、あんたはこれだから!とだいぶ怒られてしまった。


 そんなイーサーたちの歌劇団は、今、ケイリッヒとの文化交流の一環で、マレへ公演に来ていた。予定の公演をすべて終え、今日は、王都ケルスルーエを後にする日だ。マレへの船に乗るため、この後、港町ハーフェンへ向かう。


 そのはずなのだが、イーサーこの中央ターミナルで、ルルに待ちぼうけをくわされている。最後に買い物をしたいといったルルに付き合って駅まで来たのに、ルルが一向に戻ってこない。

『何やってんだよあいつ』

 そして、双子の片割れに悪態をつきつつ、待合スペースのベンチに座って人ごみを見るともなしに見ていたイーサーは、を見つけてしまったのだった。



 彼女は、自分と同じ、マレ人の女の子だった。ケイリッヒではマレ人を見かけることはまだまだ少ないので人種的にも目立っていたが、目立つ理由はそれだけではなかった。

 黒髪に翡翠の瞳、マレ人としては薄めの肌色の彼女は、大きな瞳に愛らしい顔立ちで文句なく可愛かった。

 それに、服装も可愛い。ケイリッヒで流行りの華美ではない品の好い白いワンピースと、白いボンネットは、彼女のために選び抜かれたような装いで、とてもよく似合っていて非常に目を引くのだ。きっといい衣装係のいる、いい家のお嬢様なのだろう。

 さらに、小柄な彼女は、物腰が優雅でやわらかい。猫を思わせるような機敏でかろやかな雰囲気は、舞ができるもののそれだ。ルルと、なんとなく雰囲気が似ている。周囲のケイリッヒ人と違う独特のリズム感があってなんとなく、周りから浮いて見えるのだ。

『ま、ルルとは段違いにレベルが高いけどな』

 イーサーは、ルルに聞かれたら確実に怒られることをまたうっかり口にしてしまった。


 そんな彼女だが、ターミナルの中央までくると、きょろきょろと周りを見回して始めた。きっと目的の乗合馬車を探しているのだろう。

 異国の地で、困っている同郷の女の子(それもとびっきり可愛い!)に出会うなんて、これを運命と言わずに何というのだろう。

 絶対に助けなければいけない。

 イーサーは、吸い寄せられるように彼女に近づいて行った。



『なあ、困ってるのか?』 

 彼女は、突如マレ語で話しかけられ、びっくりしたようにこちらを見た。

 丸く見開いた瞳が可愛い。

『ああ、ハーフェン行きの馬車を探している……久しぶりにマレ語で話しかけられてびっくりした』

 声も可愛い。張りのある、凛とした声だ。しゃべり方がちょっと変わってるが、それも似あっててちょっと可愛い。

 それにしてもハーフェンだって?

 これは、本当に運命なんじゃないか?

『このケルスルーエでも、マレ人は少ないからな。それより、俺もびっくりしたんだけど、俺達……俺と歌劇団の仲間なんだけど、今日、これからハーフェンに出発するとこなんだ。そのあと船でマレへ戻るんだけど。よかったら一緒の馬車に乗ってかないか?』

 ファンの子たちが喜ぶ王子様スマイルでにっこりとしてみたが、どうも手ごたえがない。

 それどころか、彼女は、なんだか複雑そうな、微妙な表情を浮かべている。

 なぜだ? 

 自慢じゃないけど、結構顔はいい方だし、ファンの女の子たちだってたくさんいる。これで大抵の女の子は顔を赤らめるのに。

 ああ、きっと、いきなり男に話しかけられたから、戸惑ってるんだよな。

 ルル、何やってる、さっさと来い!こんな時こそ女同士だろう!


『ちょっとイーサー! どこいったかと思ったわよ』

 ルルが買い物袋をいっぱい抱えてこっちに走ってきた。

『あれ? イーサー知り合い?』

『今知り合ったとこ。彼女、これからハーフェンに行くんだって。同じマレ人だしさ、俺たちの馬車に乗らないかって誘ってたとこ』

 ちらりとこちらを見るルルに、軽く頷く。

 こういう時、双子は楽だ。以心伝心というやつだ。

 俺の気持ちを的確にくみ取ってくれる。

『そうなの!? ぜひ乗ってきなよ。私、イーサーと双子のルルって言うの。他にも女の子いっぱいいるから楽しいよ!』

 ルル、あとで何かおごってやる。

 彼女は、ルルの人懐っこい雰囲気と、他にも女の子がいるという言葉に安心したのか、にっこりと微笑んだ。

『では、ぜひお願いする』

 ……可愛い。馬車で絶対仲良くなってやる。



  ◇◇◇◇◇◇



 皇女の護衛には、影の騎士シャッテンリッターが、常時二名ついている。

 王太子にはさらに影が数名とエルマーら表の護衛もつくが、皇女には気を遣わず過ごしてほしいという王太子の要望で普段の護衛は影しかついていない。最近では、ミケーネが側にいることが増え、彼女が表の護衛の役割を果たすようにもなっていた。


 数日前、王太子ルークが影の騎士のかなりの数を率いて王都を出た。王も、いつの間に影の騎士を掌握していたのかと王太子に感心するも、国を空ける影の騎士の数の多さに頭を抱えていた。

 そんな人手不足の中、皇女の護衛についていた影の騎士二名の内一人に国王の指示で別の仕事が与えられた。翌朝から皇女には、影ではなく表の護衛として近衛騎士がつくことになる。


 よって、その日の明け方は、移行措置として影の騎士であるヴァルターが一人で皇女の護衛についているタイミングだった。

 ヴァルターにとっては最悪の、バステトにとっては最高のタイミングだった。



 皇女が、明け方、部屋を出た。

 室にはマレへ向かうという手紙と、婚約破棄の宣誓書が残されている。

 ヴァルターは、ちらりとそれを横目で見ると皇女の後を追う。

 彼女の服装は、以前王子と一緒にお忍びで街に出た時にそろえたものだろう。王子が吟味に吟味を重ねて選んだその服は、あまりに似合いすぎていて、残念ながら全くお忍びに適していなかった。


 ヴァルターへの指示は、皇女の身を守り、皇女がつつがなく過ごせるように取り計らうこと。

 命の危険があるとき以外は、彼女に触れることは許されていない。

 王子が決めたことだ。


 通常であれば、ヴァルターが皇女の身を守り、もう一人が連絡役となり、上の判断を仰ぐ。

 でも、この日は、ヴァルターしかいなかった。

 これがヴァルター以外のものだったら、上の指示を仰ぐまでもなく、何としてでもバステトを止めたに違いない。

 しかし、彼はその戦闘力に比して、融通が利かないことで有名だった。

 ゆえに、必ず誰かとペアで仕事を請け負っていたのだが、この日は運悪くそうではなかった。


 皇女は、まんまと学園から仕入れ業者の馬車に乗り、学園を脱出してしまったのである。

 そして、王都の中央ターミナルまでやってきてしまった。


 ヴァルターは実直に役目を果たし、皇女の障害になりそうなものを、事前に排除する。

 皇女の財布に手を出そうとしたすりを叩きのめし、

 皇女に声をかけようとした男達を路地に引き込み気絶させ、

 皇女に職務質問をしようとした警邏には、国家権力をちらつかせて脅して下がらせた。

 中央ターミナルで最後の皇女に声をかけてきた男は、皇女の希望を叶える方向の提案であることと、害意はなかったことから手を出すのは控えた。


 バステトが難なく、歌劇団の馬車に乗り込めたのも、このヴァルターの暗躍のおかげだったのである。


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