いせかいでのであい


 翌日、俺は母さんに家を出ていくことを告げて、旅に出た。母さんは悲しそうな表情をしていたけど、「いつかこうなる気はしてました。可愛い子には旅をさせよと言いますものね」と言って食料とお金を持たせて送り出してくれた。なんと理解のある母親か。それが少し恨めしい。



「魔道士」


『違うよ』


「魔法使い」


『違ーう』



 で、俺は道中ずっとアニマが渡してきた箱にずっと話しかけている。この箱、答えを言うと毎回違った返しをしてくる。…アニマの声で。もう腹立つからさん付けも無しだ、あんなやつ。



「この箱、どうにかならないのかよ。毎回違う違う言われんのムカつくんだけど」


「いいでしょ?可愛くて。ふふふ、ムカつくってキミが言う時はいつも耳が垂れて可愛いんだよねー」


「…変態」


『ちがいますよー』


「この私を変態呼ばわりするなんて…中々いいね、アルくんは」


「うわっ、喜んでる…ガチで変態じゃん…。もうこれ変態で正解だろ」



 アニマは俺の頭を撫でてきた。昨日からしょっちゅう撫でられている気がする。…まあ、悪い気はしない。顔はいいし?顔だけは。



「よしよし、いい子だねー」


「…で、俺たちはどこに向かってるわけ?」


「近くの街だよ。君のお母さんに教えてもらったんだ。あと二時間も歩けば着くんじゃない?」


「げっ、二時間って…遠すぎ…。それで?街に行って何するんだよ」


「ギルドとやらに入ろうと思って。旅するならお金が必要だからね」



 ギルド!

 まさに異世界という気がして興奮してきた。魔法がある世界なのだ、きっと魔物とかもいるのだろう。こうなれば是非とも魔法を使ってみたくなってきた。



「この世界に魔法って普通なんだよな。じゃあ俺も魔法使えるかな?よくあるじゃん、転生した特典。チートみたいな能力使えるってやつ。俺は?そういうの無いの?」


「…ははは、どうだったかな~」


「は?」


「ごめん、忘れてた」



 忘れてた、と言って舌を出してウインクしてきた。俺は唖然とするしかない。え?無いの、もしかして俺、猫耳生やされただけで普通に転生してきたの?



「いやーどういう外見の子に転生させようかなーってこだわってたら忘れちゃった☆」


「お願いだから一発殴らせてくれないか?」


「まあまあ。落ち着いてくれたまえ。そんなにチート能力?は欲しいのかい?」


「そりゃ、まあな。あったほうが楽しそうだし」


「それじゃあ今から与えよう」


「そんなこと出来んのかよ」


「私は君を転生させるくらい強い人なんだよ。それくらい当然さ。…はい、できた」



 アニマは俺の頭を撫でただけだ。これで本当にチート能力なんて持っているんだろうか。



「とりあえずステータス表示って言ってみて」


「おおっ!ステータス画面なんて見れんのかよ、マジで転生あるあるじゃん!よしっ、ステータス表示!」



 数十秒後、フォンっという音が一瞬して、目の前にステータス画面が現れた。遅い、何故か一瞬で出てこない。ステータスを見ると、自分のステータスが表示されている。…が、何故か美少年の俺ではなく、前世の俺のステータスが映っている。



「あ、そうそう。ステータス表示されてるけど、更新されるの一週間に一回だから。今の最終更新日は転生した前日だね」


「なんでだよ!?」


「自動ログインして更新するのって、今の君じゃ一週間に一度が限界だから…?」


「どこのサイトだよ!更新ボタンは!?」


「え?現実に更新ボタンなんてあるわけないじゃんw」


「普通はステータスも見れねえんだよ」


「えー?まあまあ。強くなったらもっと更新頻度も上がるよ。…たぶん。ちなみに他の人のステータスも見れるよ。その場合は初めて会った日が最終更新日になるかな。あと別にステータス表示って言わなくても思うだけで表示されるよ。それじゃ次。魔法、使えるようにしました~。超魔力たっぷり!たぶんいくらでも魔法使えるよ~」



 たぶん、とか小声で言っていたのを俺はもちろん聞き逃していない。コノヤロウ。でも次の言葉に俺は胸を高鳴らせる。待ってました、魔法!やっぱり魔法のある世界に来たなら魔法使えるようになんないと話にならないって!



「それじゃ、右向いてー。あそこに丁度いい大きめの岩がある。ファイアーって言ってみて」


「よし、『ファイアー!』」



 ドォンっっ!!



 岩に火の玉が当たった。岩どころか、周りの土までえぐれている。というか、辺り一面吹き飛んでいる。威力エグくない?強すぎない?



「わー。派手にやったねー。そうそう、これ威力下げたりとかはできないから」


「調整って概念知ってる?」


「知ってるよ、もちろん。でも強い方がいいかなって思って」


「いや、うん。そうだけど、そうなんだけど」


「あはは。この世界ね、魔法がすごーい体系化されていて、種類が13種類あるの。ステータス画面を開けば今使える魔法が見れる…って、あ。今のステータス画面は見れないのかwごめんごめん」


「いい加減にしろよマジで。しかも魔法13種類もあるとか多すぎだろ、どうなってんだよ」


「学問って細分化されていくものでしょう?13種類も代表的な分け方で、厳密に言うともっと分かれてるらしいよ。水と氷を別の属性と捉えるかどうか、みたいなさ」



 すごいめんどくさい設定出てきた。これ序盤に設定聞いてやる気なくなるやつだろ。



「ともかく、アルくんは全部の魔法使えるよ。一種類ずつだけど」


「…一種類ずつ?」


「うん。あとはレベルアップしたときのスキルポイント割り振ってそれぞれの魔法覚えていってね」


「まさか、ステータス画面から?」


「うん。更新日に割り振れるよ」



 更新日にしか割り振れないのかよ!つーかレベルアップって話も今初めて聞いたよ!!



「まあ後は適当に使ってみてよ。さっきファイアーって言ったのも、親しみやすいかなーって思って言っただけで、思い浮かべればどんな言葉でも魔法は発動するからさ。とりあえず種類は口頭で言っとくね。火、風、水、土、木、鋼、毒、虫、雷、光、闇、空、その他の13種類だよ」



 多いなマジで。てかその他ってなんだよ、雑すぎるだろ、魔法の種類でそんなの聞いたことねーよ。



「まあ、だいたいこんなところかな。なんかあったら聞いてよ」


「ちなみにアニマの魔法もあんな威力なのか?」


「あれくらいは普通に出せるけど、もちろん調整できるよ」


「なんで俺はできないんだよ」


「誰でもパンチは打てるけど、芯を捉えたような本当に強い攻撃をしたり、手加減ができるのは本当に強い人だけ、みたいな?」


「なんだかなぁ…」


「それよりも、何か聞こえていないかな?」


「はぁ?…本当だ。何だこの音」


「戦っている音だろうね。行ってみる?」



 俺は頷いて音の方向へと走り始めた。


 着くと、そこでは三人の人に囲まれている巨大な猪のような動物がいた。



「なんだよあれ」


「ステータスで見てみれば?」



 すっかり忘れてた。俺はステータス表示と念じる。数十秒後、ステータスが表示される。



「なんで一瞬で出ないんだよ」


「ダウンロード時間じゃない?」


「ウェブサイトかよ!あー、クソっ。地味にイライラする…。で、なんだって…?」



 そこにはビックボアと書かれている。そのままか。レベルを見てもイマイチ強いんだか弱いんだか分からない。



「キミたち!ここは危ない、下がっていなさい!!」



 ステータスを見ていると、三人のうち、リーダーのような人がこちらを見て叫んできた。体はボロボロだ。他の二人もかなり傷ついているように見える、それに反してビックボアはとても元気そうだ。これはピンチだと言っていい状況だろう。



「助けるかい?」


「助けられるのなら、もちろん!放っておけないだろ」


「いいね、いい感じだ。で?どうするの」


「どうって…。そうだ、アニマが魔法使ってくれよ」


「えー?私って要はチートだよ。こんなチュートリアルみたいなところで私が出しゃばるとか、情緒がないと思わない?」


「知らねーよクソが。いいから戦えって」


「可愛くない言い方しないでよ。はぁーあ、やる気なくなっちゃった。ということで私は戦いませーん」



 そうこう言っているうちにどんどん状況は悪化していく。この人はマジで使えねぇ。



 仕方がない、俺が魔法を使うしかない。沢山種類があるんだ、一つくらいそこまで高範囲じゃないのもあるだろ。


 何ができる、何がある?ヤバい、13種類もあったから何があったか思い出せねぇ。火はダメだ、範囲が広すぎて離れているとは言えあの人たちまで焼いてしまう。水とかも危なそう。その他はマジで何出るか分からないから絶対無し。

 あとは…そうだ、これなら!俺は魔法を思い浮かべて叫んだ。



「毒魔法!!」



 紫色の雫が魔物の近くに落ちた。そこから周辺に液体が広がっていく。魔物はそれに触れた瞬間、その場に倒れ込み痙攣し始めた。

 …これ、毒沼だ。

 毒沼は高速で広がり、助けようとしていた人たちまで巻き込こもうとしている。



「や、ヤバい!止まれ!!」



 叫んでも止まらない。威力が下げられない上に途中で止められないとかゴミか、これ!?



「やれやれだね」



 アニマが三人を人差し指で指す。それから指を少し上に払うと、三人は宙に浮いた。驚いていると、アニマに抱き抱えられる。



「キミも避難しないとね」



 抱き抱えられた状態です浮かび上がった。ある程度の高さまで来たところで手を離されそうになって、俺は必死にしがみついた。



「んー、熱烈だね!でも離してほしいな」


「離したら落ちるだろ!!」


「大丈夫。空中に足場作ったから落ちないよ。ほら」



 おそるおそる足を伸ばすと、確かに床の感触がある。いや、ダメだ。頭では理解しているけど、体が動いてくれない。すごい怖い。



「離れたくないの?もうー、可愛いんだから」



 なんか勘違いしてるけど、もうこの際なんでもいい。俺は抱き抱えられたままでいることにした。アニマがその場に座り、俺の頭を撫で始める。ふと、前を見ると先程浮かび上がらせられていた三人が目に入った。全員恐怖に満ちた目でこちらを見ている。



 いや、あのですね、はい。毒魔法だったら単体の相手に毒をかけるみたいなそういうのだと思ったんですよ。まさか毒沼広がるとはね、思わないじゃないですか。



「た、助けて…!」


「殺すつもりなんて無いです!」


「ひいっ!」


「ただ、魔法が暴発してしまって…」



 説明しようとするも、三人はただ怯えるだけでまったく話を聞いてくれない。



「落ち着いて下さい。私は旅の魔道士。こっちは弟子です。弟子の魔法が暴発してしまいました。驚かせてしまって、申し訳ない」


「この魔法は…?」


「私が考えた魔法です。大丈夫、今消しますよ」



 アニマがパンっと手を合わせると、下の毒沼は消えた。…こいつ、マジでチートなのかよ。三人はまるでは神を見るような目でアニマを見つめていた。



「助けてくださって、ありがとうございました!ああ、本当に良かった。私はオーストン、この近くの街でギルドをしている者です。魔物討伐任務を後ろの二人と請け負っていたのですが…事前の調査よりも凶暴になってまして…あのザマでした。どうかお礼をさせていただけませんでしょうか」



 この展開、知らないけど何処かの小説で見たことある気がする。あれ、これ俺が転生者だから俺が主人公じゃないの?アニマみたいに崇められる立場は俺じゃないの?



「どうかお気になさらず。全ては弟子の不手際です」


「そんなご謙遜を…ああ、流石女神様だ…」



 俺が三人を見て、オーストンと目を合わせるとビクッと驚かれた。え?俺、めちゃくちゃ怖がられてない?



「そ、その、お弟子さんも、もちろんいらっしゃってくださっても、構いません…はい…」



 ものすごい嫌そうだ。オーストンの後ろにいる人のうち、女の人がオーストンの袖を引っ張って小声で話しかけている。



「オーストンさん、お弟子さんまで街に入れるのは危険ではないでしょうか…?」


「しかし、彼らは私たちの恩人だぞ」


「ですが、どうやらお弟子さんは先祖返りのようですし…」



 もう一人の男も女に同調している。

 そういえばそうだった。この体の記憶を知った時に先祖返りという言葉を思い出したのだった。どうやらこの世界のヒトのルーツは猿だけではないらしい。先祖返りは名前のとおり、祖先の特徴が突然出てしまうというものだ。



「先祖返りしたものは獣らしくなるから凶暴になると昔から言われているじゃないですか」


「それはあくまで噂だ。例え暴れたとしても師匠の女性がいれば安全だろう。お前たちも、こんなに強い魔道士なんて見たことがないだろ。いいか、これはチャンスなんだ」


「それは…」



 三人が顔を見合わせて小声で会議しているなか、アニマも顔を近づけて話しかけてきた。



「アル、君はどうしたい?お礼とやらを受け取るか、このまま拒否するか。判断材料として、一応君に情報を渡しておこう」


「情報?」


「そう、重大な情報だ。ハッキリという。今の私たちはね、無一文だ」


「…は?」


「だから、無一文なんだ。正直あまりお金に興味がなくてね。食べ物は食べなくても生きていけるし、休む場所も服も自由に魔法で作れる。だから必要ないんだ。でも君は別だろう?」


「そうだな。アニマは私たちって言ったけど、俺には母さんから貰ったお金が…って、あれ?ない!?」


「ちょちょいと魔法で戻しておいた 」


「なんで!?」


「実はアルくんの家を訪ねる前に、君のお母さんの職場を見ていたんだ。そこはたぶんね、もうすぐ潰れると思う。つまりもうちょっとで君のお母さんは無職になるから、次の職が見つかるまでの間のお金が必要になるってこと。だから戻しておいたんだ」


「いや、それは有難いけど…え?全部戻したの?」


「うん」


「なんでだよ!一部貰っておけよ!」


「え?いや、アルくんには私がいるからいいかなって」


「加減って言葉知っとけよ…何よりお前何もしてくれないじゃん…」


「お前呼ばわり!いいね!」


「もうホントやだ…」


「それで、どうする?」


「…実質選択肢は一つだろ。お礼を貰おう。アニマ、頼む」


「オッケー!任せておいて!」



 俺が可愛らしく頼むと、アニマは嬉々として三人に向かって話し始め、トントン拍子に事が進んでいった。

 礼、とは街でもてなしてくれることらしい。無一文の俺たちにとっては願ってもいない話だ。


 こうして、俺たちは俺を怖がり、アニマを崇める三人と共に街へ向かうことになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したら猫耳ショタだったけど、俺に生えて欲しかった訳じゃない エリンギ @eringiii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ