転生したら猫耳ショタだったけど、俺に生えて欲しかった訳じゃない

エリンギ

第1話



俺は前世で30代のフリーターだった。



学歴はいい方だったと思う。それ相応の努力もしていた。だから勉強さえすれば入れる大学までは全て上手くいっていたのだ。けれど、就職活動で失敗してしまった。

世間は求人倍率がどうとか言っていたけど、俺は就職できなかった。それが事実だ。歳をとるにつれて、学生時代につるんでいた友達とも疎遠になっていった。



金は無いけど腹は減る。仕方がなく俺はバイトを始めた。いつまでも親元に居る訳にはいかないと思いながらも、いつかなんとかなるんじゃないかと軽く考えている自分がいた。



そんな日々を送っていたある日、俺はトラックに跳ねられた。そして目を覚ますと、森の中にいた。つまり、よくある異世界転生ってやつをした訳だ。



正直、凄い嬉しかった。もちろん親には迷惑をかけるだけかけて死んでしまったと、申し訳ない気持ちは一応ある。でもそれはそれ、これはこれ。



「アル、アルバート!こんなところで何をしているの?」



そう言って俺の肩を叩く女性。優しそうな女性だ。甘栗色のふわふわとした髪が彼女によく似合っている。

ふと、頭の中に記憶が溢れてきた。この人が自分の母親だと悟った。…え、マジで?この人が俺の母親?俺、恵まれすぎてない?めちゃくちゃ綺麗なお姉さんなんだけど。ヤバい、マジで転生してよかったかもしれない!

ニヤついた顔を抑えながら返事をすると、母さんは俺の手を取って歩き始めた。今日のご飯は何にしましょうか、なんて話をしている。



「オレ、母さんの料理ならなんでもいいよ!」



大きな声で返事をすると、母さんは驚いた顔をしていた。何故か全くわからない。



「どうしたの、自分をオレとか言ったり、私を母さんなんて呼ぶなんて。誰かに教えて貰ったのかしら」

「え?あ、いや、そう!そうなんだ。ちょっとね。変かな」

「ううん。もうママって呼んでくれないと思うとちょっと寂しい気もするけど、いいと思うわ」



母親はにっこりと微笑む。柔らかく、ふにゃりとした笑顔だ。可愛らしい人だと思った。まさか、これからこの人と二人暮しなのか?父親は居ないのだろうか、兄弟は?全くわからないけれど、尋ねれば不審に思われそうだから聞けない。どうにかして情報を集めたいところだ。



家は森の中にあって、周辺に他に家はないようだ。帰ってから手を洗ってきなさいと言われて洗面台へ向かう。文明レベルはよくある中世くらいだろうか。イマイチ自分の中で中世がどれくらいか分かっていないから微妙だけど。



手を洗って、目の前の鏡をマジマジと見た。

母さんと同じ、甘栗色だけどサラサラとした髪、頭頂部に生えているふわふわとした猫耳、金色の瞳、愛くるしく整った顔立ち…



…耳が生えてる。



俺の頭に耳が生えてる。いや、うん、普通生えてるよね、耳って。知ってた。



違うんだよ、耳なんだけど、耳じゃないってこと。猫耳。猫耳生えてんだよ、俺の頭。訳わかんなくね?

意味わかんねーって思いながら居間に行くと、母さんが居たのでとりあえず聞いてみることにした。



「ねえ、母さん。この耳って」

「っ!…ごめんなさい」



母さんは逃げるようにいなくなってしまった。待て待て。どういうこと?ごめんなさいって、なんで謝られたの、俺!?



とりあえず母さんを追いかけると、母さんは自分の部屋に入っていくのが見えた。そっと聞き耳を立てる。当初から思っていたけど、前よりも周囲の音が聞こえるようになった。きっとこの耳のおかげだ。



「きっとまた耳について何か言われたんだわ…。ああ、ごめんなさい、アル。あなたを普通に産んであげられなくて…」



うん、落ち着こう。とりあえず、この世界でもこの耳は普通じゃないことが分かった。そうだよね、猫耳だもんねー。変だよねー。俺は好きだけど?美少年のショタに猫耳生えてんの。それが自分じゃなければ。



それからも母さんはごめんなさいと言い続けたから、結局何故かは聞くことができなかった。こんな綺麗な人に追い打ちをかけるようなマネはさすがに出来ない。



ーー



数日が経った。

日中は母さんが働きに出ているので、俺は森の中で食料をとったり、木を集めたりしている。これについても全く覚えていなかったので、母さんに聞いた時はそれは大層驚かれてしまった。



いつものように帰ってきた母さんと夕食の仕度をしていたら、玄関の扉がノックされた。すいませーん、と声も聞こえてくる。女の人の声だ。



行ってくるわね、という母さんの後をついて玄関に向かった。扉を開けると、そこにはフードを被った人がいた。



「もし。少しよろしいですか。私はアニマ。旅の魔道士です。お話を伺いたいのです」



家を訪ねてきたのはアニマと名乗る女性だった。アニマは挨拶をして、フードをとった。

薄紫色のウェーブかかった髪の毛に、金の瞳。柔和な笑みを浮かべていて、母さんに負けず劣らず綺麗な人だ。小説とか、物語だと聖女として出てきそうな人だと思う。



「ああ、旅の魔道士さまですか。ええ、もちろんです。どうぞ、お上がりください」



母さんは当然のようにアニマさんは家にあげた。この人が悪い人だったらどうするんだよ、とは思うけど、見た目や仕草からはそう思えない。



それにしても魔道士とは。やはりこの世界には魔法があるのだ。普段の生活から何となく察してはいたけど。



母さんはアニマさんを家に上げて早々に、頭を下げた。俺は驚いたが、当のアニマさんはそうでもなさそうだ。よくあること、ということなのか?



「…どうかお助け下さい。数日前から息子の様子が変なのです」

「変?それはどのようにですか」

「記憶が混濁としているようなのです。突然呼び方が変わったり、いつもさせていた仕事が分からなくなったり。まるで別人になってしまったみたいで。まさか、この耳の影響なのではないかと、私、私…!」



いや、まあ、大きく間違ってはいないけど…。こんなにも心配してくれる母さんに今更ながら罪悪感が湧いてきた。

今の状態は、前世を思い出しているのか、それともこの体に憑依しているのかは自分でもハッキリしない。たまに記憶を思い出すから、一応前者…のような気がしている。前者だったらいいな、という希望も入っているけども。



「お代はいくらでも払います!ですから、アルを、アルバートを!」

「お母さん、落ち着いてください。どれ、少し見てみよう。君、アルバートくんというんだね?」

「は、はい」



アニマさんがしゃがみ、俺と目線を合わせてきた。近くで見ると、彼女の整った顔だちが更によく分かる。目を合わせるだけで顔があつい。



「そう怖がらないで。さあ、目を閉じて-…」



言われたとおりにすると、頭に手が触れられた感触がした。優しく頭を撫でられてドキドキしていると、頭の中に一気に情報が流れてきた。



情報とは記憶だ。俺はこれまでのことを思い出した。いや、やはりこの体に宿っていたこれまでのこと、という事なのだろうか。だとしたら俺は-



「アル!」

「あ、俺-。うん、母さん、大丈夫だよ」



目を開けると、母さんの顔が映った。その顔をみて感じることは綺麗な人だな、ということよりも、暖かくて、自分の大切な人ということだった。



「二、三質問をしてみてください。記憶を取り戻したかはそれで分かるでしょう」



母さんはアニマさんに言われたとおり、俺に質問をした。今なら全て答えることができる。母さんはスラスラと答える俺の反応にとても喜び、アニマさんを恩人としてもてなすことになった。



ーー



夜になり、俺は外を出て空を眺めていた。空には星が輝いている。



「いい夜だね、よく星が見える」

「こんばんは。そうですね、とてもいい眺めです」



話しかけてきたのはアニマさんだった。アニマさんはゆっくり隣に座った。

アニマさんは見た目通りの人だった。話し方はとても優しく、一言一言聞く度にありがたーいお言葉を聞いている気分になる。突然現れたアニマさんに俺はとても感謝した。おかげでここでの生活も上手くいきそうだ。



「ところでアニマさん。どうして母の願いを聞いてくださったのですか?」

「それは私が君を気に入っているからさ」



気に入っている。そう言われて少し照れる。なんでかは全くわからないけれど、綺麗な人に言われて喜ばないはずがない。



「と、いうことで私と一緒に世界を旅しようじゃないか」

「お断りします」



突然の提案だったが即答した。いや、アニマさんのことは嫌いじゃない。でもさすがに唐突過ぎないか?



「…と、いうことで私と「聞こえなかった訳じゃないです、お断りします」なんで!?」



アニマさんはなおも同じ笑みで勧誘しようとしてきたが、途中で遮って断った。逆になんで断らないと思ったんだ、この人は。



「なんでも何も、俺にメリット無いんで。別にここに居ても何も困ることないし」

「親離れしろよーいつまで親元にいる気だよー」

「うるせーですよ。あとその言葉は俺に刺さりまくるんでやめてください。じゃあ俺は戻ります」

「うーん。そうかそうか。では、私が君をこの世界に連れてきた張本人って言ったらどうかな」



立ち上がって歩きだそうとしたところでアニマさんがそういった。俺は驚いて立ち止まった。俺をこの世界に連れてきた張本人?このアニマさんが?



「お、その気になった?」

「どういうことだ」

「おいおい、敬語忘れないでよ。見た目がかわいいーちびっ子に敬語使われるの、可愛いでしょ?」

「しらばっくれないでくれ。どういうことだ」

「けーいーごー」

「…どういうことですか」

「うん。質問の答えね、そのままの意味さ。私が君をこの世界に連れてきた」

「なんでですか」

「さあ、何ででしょう?」



この人を食ったような態度、とてもムカつく。さっきまで優しく見えていた笑顔が憎たらしい。



「あー。もしかして、ムカついてる?よし、じゃあ私と一緒に冒険へ出よう」

「なんでだよ、おかしいだろ」

「そうかな。だって、なにかして欲しいなら何かを差し出すべきだろう?」



本当にムカつく。だからと言って殴りかかることもできない。俺はゆっくりと深呼吸をして、落ち着いて答えを出した。



「お断りします」

「えー、なんでー?」

「あなたが言うことが正しいとしても、俺の生活が何か変わるわけじゃないからです」

「えー?そっか。これでもダメか。じゃあ倫理的によろしくないと思ってやめていたけど、やることにしよう。アルくん、君のお母さんは本当にいい人だね」

「は?」



今度は何を言い出そうというのか、母さんの話を出てきた。嫌な予感がする。目の前の人は本当に頼っても良かったのだろうか。



「君のお母さんは私に君の記憶を取り戻させることを願った。だから叶えた。最初は対価を貰わないつもりだったけど、気が変わったよ」

「何するつもりだ」

「使った魔力分を支払ってもらおうと思ってね。なに、私にとってはゴミみたいな量だよ」

「だから、何が言いたいんだよ!」

「私にとってはゴミみたいな量だけど、君のお母さんにとっては命懸けだってこと。でも、君が旅に着いてきてくれるなら、タダでやってあげる」

「お前…!」



つまり、母さんが対価を支払った瞬間に母さんは死ぬかもしれない。俺が旅に出れば死ななくてすむ。この女、いい人だと思っていたら全然違う。悪魔みたいなことを言い出した。



「さあ、どうする?私はどちらでも良いよ。このまま君の母親が死んでいくのを見守るか、私と共に来るか」

「…分かった。行くよ」



俺が出せる答えは一つだった。あの優しい人を殺すことになるなんて考えられなかったし、一人残されたところで俺は何も出来ないからだ。

俺の返答を聞いて、アニマさんはまた笑っている。



「それはよかった。そうだな、なら一つゲームをしながら旅をしよう」



アニマさんが人差し指で宙に四角を書いて、その四角の中心にデコピンをした。その瞬間、何も無いところから小さな箱が出てきた。綺麗な装飾がされた箱だ。きっと魔法で作り出したのだろう。



「端的に言うと、これは宝箱だ。中には君のお母さんに支払ってもらおうかと思っていた量の魔力と特典が入っている。それで、この箱は二つのキーワードによって開くようになっているんだ」

「キーワード?」

「一つは私の正体、一つは君をこの世界に呼んだ私の目的。どちらも正解出来たら君はすぐに旅を止められるってわけ。ちなみに、ニュアンスが同じでも一言一句あってなかったら開かないから気をつけてね」

「それぐらい大目に見てくれていいじゃん」

「アルくんは少し鍵の形が違っても開くような宝箱を使おうと思うのかな?」

「あー、はいはい。そうですか。それで、できなかったら?」

「私が飽きるまでは旅に付き合ってもらう」



いつまで拘束されるのか全くわからないということだ。明日すぐ飽きるのかもしれないし、一生飽きないのかもしれない。俺の楽しい異世界ライフが一生拘束されるのなんて絶対嫌だ。

こうなったら二つのキーワードとやらを見つけるしかない。箱を開けたら直ぐにさよならバイバイだ。



「…分かった。それでいい」

「賢明な判断だ。それじゃあ、これからよろしくね?アルくん」

「ああ、よろしくな。悪魔のようなお姉さん」

「ヤダ、中々いい響きの言葉を言うね!」

「はぁ…最悪だ…」



こうして俺は見た目くらいしか褒めるところのないこの女と異世界を巡る旅に出ることになってしまったのだった。

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