第6話 乗っ取られた銀行強盗

「銀行強盗だ! 金を出せ!」


 時間は3時をちょうど回ったあたり。行内にいるのは、残っていたお客さんが1人と、行員が6、7名。あまり大きくないこの規模の支店なら自分でも御すことができるだろう。そう踏んで、この銀行強盗は押し入ってきたようだ。目出し帽をかぶり、手には拳銃のようなものが握られている。


「……え、何?銀行強盗?」


「そうだ! 死にたくなかったら早くこの袋の中に金を詰めろ! いうこときかないと撃つからな!」


 驚いて現実を受け入れられていない様子の女性行員に、持参したズタ袋を投げつける。大きな声が行内に響き渡り、1人残っていたお客は、恐怖におののいて腰を抜かしてしまったらしい。その場に崩れ落ちていた。


「うちの支店にあるお金なんて、たいしたことないし……すぐ警察が来くるから、どうせ、逃げられないぞ」


 弱々しく強盗に意見したのは、カウンターの後ろの方にいた男性だ。おそらくこの場で一番偉い立場なのだろう。


「その時はてめえら人質を使って交渉するさ。バスでも用意させて空港まで行って、海外にでも高飛びだ! 海外に行っちまえば警察も手が出せねぇ!」


 威勢だけは一人前で、怒鳴り散らせば怖がるだろう。そんな浅はかな思惑が透けて見える。内心はどうであれ、普通であればおとなしく従うものだろう。誰だって命は惜しいはずだ。


しかし男のそんな予想は簡単に覆された。



「えー海外いいなーあたしも行きたいー」


 調子っぱずれの声を発したのは、カウンターに座っていた若い行員の女性だ。そしてその発言を端にして、他の行員たちも口々に騒ぎ出した。


「行きたいよねー海外。セブ島とかどう?セブ島」


「俺はマカオがいいと思うな」


「マカオもセブも一回行ったからもういい。ミャンマーとかどう?」


「えーよくわかんないとこはイヤ~」


 ダムが決壊したように、行員たちはどこそこに行きたい、ここはイヤだと好き勝手なことを話しだし、おさまる気配がまったくない。今、まさに銀行強盗に入られているということなど忘れてしまっているかのようだ。


「……おいっ、お前ら……! おとなしくしてろ! おとなしくしていないと……撃つぞ! ウソじゃないからな!」


 慌てたのは強盗の方だ。パニックになるくらいのことは考えたかもしれない。しかし、ないがしろにされて、勝手に逃亡先の議論をされるとはちっとも想像していなかっただろう。


「えーだってーあんたは知らないかも知れないけど、うちの支店、マジブラックでー。もう辞めちゃおうかなって思ってたし、多分みんなそんな感じなの。ほら、せっかくの逃避行ならあんただっていい場所に行きたいでしょ? ついでにあたしたちも一緒に連れてってくれてもバチあたらないって」


「そうだーそうだー」


「こんな会社はクソったれたー」


「ブラック企業はんたーい」


「人質に人権をー」


後ろで謎の歓声が上がっている。先ほど声を上げた偉そうな男性だけが、事態を呑み込めていないようなので、きっと彼がこの職場のガンなのだろう。


「いや……まて、お前らは人質なんだぞ……」


「ね、だから大切にするべきでしょ? 切り札なんだから。ねぇお腹減ったから、ピザ頼んでくれない?」


「え、ピザはやめてよ。あたしダイエット中なんだから。ウーバーでこの前言ってたカフェ頼めるみたいだからそれにしようよ」


「あーそれいいかもー。お金は強盗したお金で払っといてね。あ、言うの忘れたけど、さっき非常通報ボタン押しといたから、もうちょっとで警察も来てくれると思うし、警察の経費で落としてもらってもいいから。出来ればファーストクラスね。じゃ強盗さん、あたしたちの輝かしい退職旅行のために交渉よろしくね~」



 その後まもなく警察が到着。強盗は何の抵抗もなく投降した。取り調べでは、「銀行は怖い」「二度と銀行強盗はしない」と泣きながらに語っていたという。

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