第5話 変わらない景色
「大嶋さんのベストショットはどんなのですか?」
突然聞かれたので、最初自分に話を振られたと気がつかなかった。
師走恒例の忘年会。「部」の忘年会から始まり「課」の忘年会があり、「係」の忘年会がある。そして今日は「写真クラブ」の忘年会だ。ここ数年で輪をかけてお酒に弱くなっているせいか、昼夜を問わず常に酔っぱらっている気がする。
すでにかなりお酒を飲んでおり、その時は半分意識が飛んでいた。だが不自然に開いた間と、集まる視線のおかげで、遅ればせながら自分に矛先が向けられたことに気がついた。
「お……おお、ベストショットな!ベストショットか……そうだな」
忘年会が始まって2時間近くが過ぎ、宴もたけなわというところだろう。大人しく自分の席に座って飲んでいる人のほうが少ない。このクラブは比較的上下関係にもうるさくなく、ここ数年で若い子が増えているのも賑わいを加速しているようだ。
私に話を振ってきたのもそんな2、3人の若者の集団だった。考えている間にビールを差し出されたので、反射的にグラスを向ける。
「そうだな。俺のベストショットはな……もうだいぶ前だな、社員旅行の時だったかな」
写真を撮るようになってもう30年になる。趣味で細々とやっているだけで、「なんとなく続いてしまった」というのが正解な気もする。
「僕らも行ったやつですか?」
「いや、だいぶ……20年は前だから君たちはまだ居ないよ」
注がれたビールに口をつけるものの、もはや体のアルコール許容量はとっくに超えているようでほとんど入っていかない。
「当時、仲の良かった先輩が居てな。まだ俺も若かったし、ミスをして一緒に得意先を回ってもらったり、色々世話になったんだよ。個人的に飲みに行く機会も多くて、先輩の家に言って飲んだこともあったな……」
見つめるビールの泡が少しづつ少なくなる。
「その時は熱海だったんだけど、先輩がやたらとふさぎ込んでいたから、とにかく飲ませて盛り上げて『なんだか知りませんけど、せっかくの旅行なんだから忘れましょうよ!』なんて……まあ若かったんだよな」
「その旅行のあと、すぐにな……その先輩、亡くなっちゃったんだよ。白血病だったらしい。会社休みだして入院してるらしいって聞いて、お見舞いに行かないとな……なんて話してるうちに訃報が入ってきてさ」
もう手元のビールに泡は残っていない。周りのやつらも急に重い話が出てしまったおかげでビックリしたのだろう。みな手が止まっている。
「結局その時、その旅行で撮った写真が生きている先輩の最後の写真になっちまった。べろべろだけど楽しそうに笑ってる写真。いまでもあれをたまに引っ張り出してくるんだよ。向こうで元気してますか……なんてな。正直、写真としては見れたもんじゃないけど、あれが俺のベストショットだな」
飲み会はほどなく終わりをつげる。
そして、若手社員たちのラインが通知音を鳴らす
「ねえ……」「俺たちゴルフの話してたよね」「何で涙なしでは語れない重い話聞かされてるの……」「おっさん大丈夫かよ」「マジ意味わかんない」「これだから老害は」「え、まさかのベストショット違い?」「ありえねー」
二次会に向かう大嶋さんは、楽しそうに他の社員と肩を組んでいた。
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