第4話 『カモ』にまつわるエトセトラ

「いや……困った困った」


 ハンカチで汗を拭きながら、あわただしく部長が部屋に駆け込んできた。


「部長、どうしました?」


「いやーそれがね、動物愛護団体がクレームを入れてきたんだよ」


「またですか? 今度の標的はどれなんですか?」


 部長は、手に持ったレジュメをこちらに示しながら言った。


「今回はね、カモだよカモ」


「あーカモですか……。カモは確かに狙われるかも……なんちゃって」


「冗談を言ってる場合じゃないよ、まったく。『カモにする』とか『カモがネギをしょってくる』とか、まあ確かに昔からヒドイ扱いだからねカモは。年々、こういう声が大きくなっていて、この言葉は差別だ、虐待だ……って毎日のように言ってくるんだから、本当に困ったもんだよ。僕なんて、ここ数年で10キロは痩せちゃったよ」


「10キロ! すごいですね! コツ教えてください!」


「もう! やめてくれよ、こっちは本気なんだから。今日だって先手先手ってことで、さっきカモの代わりのなるものを探して検討会もしてきたんだよ」


「おおー対策が早い! 上司の鏡です! それで代案はどんなものに?」


「とりあえず、『イス』でどうかというところでね……。みんな座ってるこのイスね。ほら『イス』ってみんな上から座るわけだし、『イスにする』ってゆったときに、マウント取ってるみたいで意味的にも通じるかなって……」


「カモにする……イスにする……う~んそうですか?」


「結構悪くないと思うんだけどね。いや~……でもね、聞いてよ。この検討会やったのはついさっきなんだよ。わずか5人で集まって、時間にして1時間くらい。まあ最初の検討会だし、せめて方向だけでも決まれば……くらいの軽い気持ちで始めたわけさ」


「ほうほう」


「そうしたらこれ! 見てよ!」


「なんですか?」


 部長がカバンから取り出した紙は動物愛護団体からではなかった。


「――全日本家具連盟?」


「そうなんだよ! 検討しただけだよ? 1時間話しただけだよ? それなのに、会議が終わってすぐさまこんなFAXが入ってきてさ……なんでも『古来より人間を助けてきた由緒正しい家具である椅子を、粗野に扱うことは許されません』って! ――いや~イヤな予感したんだよね。『虫が知らせる』っていうか……」


「あ、部長。それこの前、昆虫協会からクレーム入ったヤツですよ」


「あぁ……虫が人に隷属してるみたいに聞こえるからって、8本足の方じゃなくて、お空の『雲が知らせる』になったんだっけね」


「もういいんじゃないですかね、ほどほどで……」


「そうだよねぇ……こんな『生き馬の目を抜く』ような争いなんて耐えられない……」


「――部長」


「うわぁぁあーーーー!! もうやめるっ! 俺、もうこの仕事やめるから!!!」


 泣きながら部長は部屋を出て、そのまま帰ってこなかった。


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