そして貴方に花束を①
その客がやってきたのは、うららかな日の光が踊る昼下がりのことだった。
「お嬢さん、この花を店にあるだけ包んで欲しい」
よく通る声は女性のものであったが、しっかりとした喋り方は男性のそれだ。
その齟齬を奇妙に思いつつ振り返ったラストは、そこにいた人物にかすかに息をのんだ。
光の滝がごとく流れ落ちる眩い銀髪。同色に輝く銀色の瞳。雪をも欺く白磁の肌に、染み一つない純白のローブ。
まるで絵本の中から出てきたのかと錯覚するほど、美しい魔法使いがそこに佇んでいた。
この人は国の抱える魔術師ではない、きっと魔法使いなのだと確信できるほどにその姿は浮世離れしており、まだ幼いラストの妄想をかきたてるには十分なほどの輝きを持っていた。
(――まるで、月の神様みたいな人だわ)
神話伝承にある月の神は男性だが、この女性は神に匹敵するほどの存在感がある。
ぼぅっとラストが見つめていると、女性が苦笑した。
「すまない、名前を知らなくてね。……この黒い花なんだが」
言われて気が付く。そういえば彼女は花を求めてきたのだった。女性が指さす先を辿り、ラストは目を瞬いた。
彼女が買いたいと言ったのは、まるで闇のごとく漆黒の花弁を広げた花だったからだ。
「これは……でも」
黒は不吉な色だ。はっきり言って、あまり好まれない。この店にだって、必要最低限の数しか置いていないのだが、女性は笑って頷いた。
「君の言いたいことはわかる。でも、私はそれが欲しいんだ」
再度言われ、ラストは仕方なくバケツから花を取った。持ちやすいように茎の長さを切りながら女性に問いかける。
「あの……ご自宅用、ですか?」
「いいや」
「では……まさか、贈り物?!」
ラストの頓狂な声に、女性は困ったように苦笑いを返した。
「贈る、というと少し違うが……。まぁ、墓参りだな」
「お墓に?! 黒い花を?!」
今度こそラストは卒倒せんばかりに驚いた。死者を悼み、生きた証を残す墓はソレア教の様式に則っている。
よって、神の元に召された死者に黒や赤を手向けるのは最大の禁忌とされていた。死者を、ひいては神をも愚弄する行為だからだ。
この女性の目には確かな知性が宿っている。幼子でもわかる、この常識を理解できない人ではないだろう。
訝しげなラストに気づき、女性はさらに補足した。
「それが一番、あいつらしいんだ。どこもあまり置いてなくてね、集めるのに苦労している」
言われ、軽く女性が掲げた右手には確かに形も大きさも違う漆黒の花が束ねられている。
愛おしそうにその黒を見下ろす女性に、ラストの口にも知らず笑みが広がった。
「良ければ、そちらも一緒にお包みしましょうか?」
「良いのか? 他の店はどこも断ったんだが……」
今度は女性が驚いたように目を瞠った。
その表情にくすりと笑い、ラストは頷いた。
「はい。この花が、あなたとその方にとって思い出の色だというのなら、私は何も言いません。私は神官ではなく、ただの花屋の子供なのですから」
女性から受け取った花を店にあった黒花と一緒に包んで花束にしてやり、ラストは仕上げにちょっと迷った。
「リボンの色はどうされます? こちらも黒にしますか?」
「ん、いや……」
リボンの吊られている棚に目をやり、女性はスッと指さした。
「あの紺色が良い」
それは、紺色の地に薄青の縁飾りがついた細幅のものだった。
「承りました。少しお待ちください」
薄い青の紙で巻かれ、その上に指定されたたリボンで束ねられた花は、なるほど確かに美しかった。
まるで夜のようだ。
ラストが出来上がった花束を渡すと、女性は嬉しそうに「ありがとう」と言った。
夜を抱えた月の女神がその後どこに行ったか。それはラストも知らない。
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