最後の戦い④
『さて、これで後はお前だけだ』
ライザネスを誘導し、同時にキムリィズの背に炎を放っていた魔人が笑う。
『覚悟は良いな?』
光の尾を引き、薄青の剣が奔った。黄金の剣が、それを阻む。
≪見事だ≫
黄金の刃の向こうで、ソレアは唇を笑みの形に引きつらせた。
≪まさか、本当に私だけになってしまうとはな……実に見事だ。感嘆に値する≫
『お前に褒められても、これっぽっちも嬉しくないな』
剣にかける力を緩めず、アッシュは吐き捨てる。むしろその罵倒さえ心地い良いとばかりに、ソレアは目を細めた。
≪番人よ、お前を作ったのは私の最大の間違いだ。今、はっきりとそれがわかった≫
『遅いな。――俺は、ずっと昔から知っていた』
遥かな昔、番人が世界に降りた時。あるいは、安寧と発展の為という大義名分を掲げて人々を虐殺した時。
『俺はずっとずっと、間違いに気づいていたよ』
それでも、それしか知らなかったから。どうすれば良いのかわからなかった。
誰よりも強くて、誰よりも心優しいあの黄昏の女神に会うまでは。
『だから、これはやり直しだ。幾万年と幾十回目の世界を経ての、あんたへの再挑戦だ』
「それは違う」
血を吐くようなアッシュの叫びに、不機嫌そうなクロスの声が飛んだ。
「お前は間違いではない。――お前の成したことへの是非を問うのは結構だが、お前が自身の存在を否定するな」
驚いたようなアッシュに、クロスは一瞥を送った。
「覚えておけ。お前が自身の生まれを否定することは、私への冒涜でもある。私だけではないぞ、フィリアもエルもリーンも――アッシュ・ノーザンナイトという者に魅かれた全ての者に対して、だ」
『……それは』
それは黄昏神としての言葉なのか、それともクロスマリアとしての言葉なのか。
問いかけたアッシュはしかし、思い直して口をつぐんだ。
――きっと彼女はどちらであってもそうなのだろう。
変わることのない魂の輝き。何度生まれ変わっても、変わることのない彼女の本質。問いかけの代わりに、アッシュは口を緩めた。
『……そうだったな。俺は、本当に恵まれてるよ』
「今さら気づいたのか、馬鹿め」
クロスの言葉に笑みを深くしたアッシュは、剣に込める力をさらに強くする。蒼い剣が、黄金の剣を徐々に押し返しだした。
≪な……に?≫
『番人の剣は全てを否定し、斬る刃――ならば』
驚愕に目を剥くソレアの前で、灼熱の剣に亀裂が入る。
『俺はお前達を否定する。
叫びと共に、アッシュは剣を強引に振り切った。ソレアの身体が、その手に持つ剣ごと両断される。
≪…………!!≫
断末魔はなかった。信じられぬという表情を顔に貼り付けたソレアの身体が、断面に沿って滑り落ちていく。
「……やった、のか?」
アッシュの元に近づいてきたクロスが、躊躇いながら尋ねた。
『多分な』
油断なく剣を構えながら、アッシュは注意深く眼下に伏した神を見た。――と、閉じられていた神の目が突然開いた。
≪……見事だ≫
かけられたのは二度目の賞賛。
黄金の瞳が、静かな威圧を持って二人を見上げた。地に伏して尚、そこに
その肉体から血は流れず、ただ神の白き泥が溶けていく。まるで泥人形が溶けていくような死にざまは、最高神という名には不似合いなほどに無様で醜悪ですらある。
ごぼり、とその喉から白い塊が吐き出された。
それでも尚、ソレアは笑っている。暗い愉悦に歪んだ唇でもって、嗤っていた。
≪くく……ああ、見事だ。お前達の望み通り、≪予言≫はあの忌々しい冥府の狗どもの元へと還る。もう二度とこの世界に現れることはないだろう。――まったく、馬鹿なことを≫
ごろりと、首を捻じ曲げたソレアがアッシュを見上げた。
≪――我々の元へと還していれば、お前は生きていけた。≪予言≫は再び我らに血肉を与え、新しい世界を創ることも不可能ではなかった。こんな……≫
遠くを見るように、ソレアは目をすがめた。
≪こんな醜い世界を壊すこともできた。……≪予言≫の中から、ずっと見てきた。人はどんどん汚くなる。もはや、あれは我々の手を離れ、忌むべき異形へと成り果てた。――忌々しい地の者どもの蟲など、あれに比べれば可愛いものよ。だが、お前はあの種を守るしかない。我々がそう定めた、哀れで理不尽な
――覚えておくが良い、と神は呪いの言葉を吐いた。
≪お前は決して善には成れぬ。その根源にあるのは、我らが作った記号の組み合わせに過ぎない。結果として人を善なる方向には導いても、お前は決して人には成れぬのだ≫
世界を維持する制御装置としてしか、生きれない。
そう言ったソレアに、アッシュは笑った。
『何だ、そんなこと』
どこか清々しささえ感じさせる笑みに、ソレアは目を見開いた。
≪何だと?≫
『なら、それが俺という人間だ』
≪……戯言を!≫
『俺は、お前らの掌で踊ってるわけじゃない。勘違いするなよ』
――世界なんて大嫌いだった
けれど、どこかで彼女が生きているなら。
それだけで少しだけ好きになれそうな気がしたから。
護ってみる価値があるのかもしれないと。
そう思えたから。
『俺は番人なんて大層なものじゃない』
ただ、たった一人を守りたかった。使命や役割などではなかった。
『俺はアッシュ・ノーザンナイトとして、お前達と世界に喧嘩を売ったんだ』
アッシュの言葉に、ソレアは茫然とし――思い切り大笑した。
≪は…………はは、ははは! そうか、そういうことか……! やってくれる、あの狗ども! 番人も、すでに人に墜ちていたか! ならば問おう、≪予言≫を手にし者よ。次代の魔王にて、冥府に下る愚かなる
末期の力を振り絞るような問いを残し、ついにソレアの身体は崩壊した。
白い空間に白い泥がぶちまけられ、それすら境を曖昧にして溶けて消えていく。
『俺は――』
白い世界の中央で、アッシュはその問いに答えることが出来なかった。
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