最後の戦い③

 振りかぶられる剣をクロスは間一髪で避けた。とはいえ、紙一重で回避できるほどに彼女は武術に習熟しているわけではない。

 おそらく、今のはキムリィズも手加減したのだろう。

 ≪カティアル、あなたは二度も私達を裏切った。また、私達を殺すつもりなのね。神話の終わりを作ったあの時のように≫

「その通りだ」

 ≪どうして? お前も大いなる太陽と空から生まれた子。ただの泥人形と私達、どちらを優先すべきかわかっているはずでしょう?≫

 キムリィズの言葉にクロスは首を振った。ひどく悲しそうな目で、彼女は己のを見る。

「姉さん。あなたの――いや、あなた達の言うことが本当に、私には一つとして理解できないんだ。神と人の命、どちらも美しく尊いものだ。卑賎などあるものか」

 ≪おお、何と不敬な! お前は今何と言った?! 私達とあれらが同じだと、そう言うのですか? 否。否否否――否です!≫

 再びキムリィズが剣を振りかぶった。その剣の軌跡を瞬きすらせずに見つめ、クロスも口を開く。


「剣よ・我が手に」


 力ある言葉に呼応し、虚空から現れた剣がキムリィズの剣を受け止めた。驚きに目を見開く夜神の前で、クロスは薄っすらと笑う。

「ふむ、なるほど。確かにこれは便利だな……」

 かつてザインが使った術を見様見真似で起動したのだが、存外うまくいったようだ。

 ≪お前、何ですかその術は? 金属など、魔霊子にはないはず――!≫

「それはそうだろう。これは、お前達が滅びたあとに出来た魔術だから」

 サザンダイズが独自に開発した魔霊子は多い。原初の五大霊子――すなわち炎水風土音をベースに、雷や氷を作った。この術式も、それに類するものの一つだ。

「土の魔霊子から金属を取り出して炎で生成するという魔術式でな。まぁ、私の目から見ても十分に変態的な配合計算がいるんだが……。何度も見せられたから、覚えた」

 絶句する女神の顔を堪能し、クロスは嘯いた。

「な? 人間もなかなかに面白いことを考えるだろう、姉さま」

 言って、その顔を引き締める。

「そして、あなたが持つ剣は神が持つべきものではない。返してもらおう」

 かの剣と、剣の持ち主と共にいた時間はクロスの方が遥かに長い。呼びかけには、かならず応えてくれるはずだった。クロスは恐れることなく、万物を切り裂くという刃を掴んだ。

 血は流れなかった。それどころか、彼女の動きに自ら追従するように刃先をクロスから外す。

「――こい、イリシオン。お前を主人のところに連れて行ってやる」

 ≪馬鹿な――! どうして、なぜ斬らないの?! イリシオン、答えなさい。あなたを作ったのは誰なの?!≫

「見苦しいですよ、姉さん」

 魔剣の間をすり抜け、クロスは恐慌状態にあるキムリィズを腕ごと抱きしめる。

「――覚えていますか? 以前も、こうやって私に殺されましたよね」

 壮絶に笑ったクロスの身体から上がった炎が、夜の女神を包み込んだ。


 番人に恋をした黄昏の女神は、姉である夜の神様に殺された。

 それは、あまりにも有名な神話。赤と黒が穢れと定められた、同族殺しの逸話。

 けれど、事実は伝承と異なるところがある。


 ――黄昏の神と夜の神は相打ちだった。


 黄昏と夜は二つで一つ。

 黄昏神カティアルは心臓を貫かれた時、彼女が持つという『終日の焔』でもって同時に己の姉を焼き殺した。黄昏神が一日の仕事を終えるために放つ、世界を焼く終焉の焔。


 夜を生むその焔が、夜の神を殺した。


 ≪あ、ああああああああああああ?!≫

 悲鳴をあげてのたうつキムリィズの元に、白銀の光が届いた。クロスもろとも貫かんとする銀光に、やむなくクロスは魔剣を持ったまま距離をとる。

 光はキムリィズの身体をかすめるように着弾。纏わりつく炎のみを的確に削ぎ落とし、彼女には傷一つつけなかった。

 ≪ライザ……≫

 ≪まったく。油断しすぎですよ、キム≫

 呆れたように言ったのは、離れたところにいた月神だ。

 油断なくアッシュを牽制しながら、ライザネスはくすくすと笑った。

 ≪援護がいりますか? 君は前も、カティの焔に焼かれている≫

 ≪結構です。あなたこそ、泥人形ごときに何を手間取っているの。それも、ソレアまでついているのに≫

 ふらつきながらも立ち上がったキムリィズは、再びクロスへと顔を向けた。さすがは神というべきか、焼け爛れた顔や体は再生されている。だが、目に宿る疲労は誤魔化しようがない。

 ≪カティアル……あなたのことを見くびっていました。全力で殺して差し上げましょう≫

 キムリィズの瞳がギラギラと輝いている。口を歪めた彼女が、大きく息を吸い込んだ。

 そして、再びの咆哮。

「ぐっ……!」

 咄嗟に風の防壁で音を遮断するが、威力は完全に殺しきれない。身体を揺さぶるような衝撃に、クロスは歯噛みした。このままでは、いずれ押し負ける。

『剣を投げろ』

 不意に、風の隙間からアッシュの声が聞こえた。

「は……? お前、どうして……」

 声はすぐ耳元で聞こえるが、彼自身は近くにいない。離れた場所で、ソレアとライザネスの攻撃を防いでいるのがクロスの目からでもはっきりと視認できる。

『あんたの風にのせて、声だけ運んでる。合図で剣を俺に向けて投げてくれ』

「夜神の絶叫はどうする?」

『俺が何とかする。時間がない、良いか?』

 クロスが見ている前で、ソレアの剣がアッシュの肩をかすめた。距離をとるアッシュに、ライザネスの追撃が奔る。押されているのは明らかだ。

「……良いだろう、のってやる」

『助かる。なら、間に何がいても躊躇いなくぶん投げろよ――今だ!』

 アッシュの叫びに合わせ、クロスは防壁を解除。途端にキムリィズの声が全身を震わせるが、全力で耐える。考えるだけの余裕もなく、アッシュの忠告通りクロスは剣を投擲する。

 護りに回していた風に押され、剣は真っ直ぐに飛来した。

 ≪苦し紛れ? それにしても、どこを狙っているの?≫

 嘲りと共に、トドメを刺そうとキムリィズが再び息を吸い込む。

 次の瞬間、その背中を炎が直撃した。


 ≪ぐあっ?!≫

 ≪がぁあああっ?!≫


 上がった悲鳴は、キムリィズのものと、もう一つ。

 クロスが無我夢中で投げた剣に貫かれた、ライザネスのもの。


 身体の中心を貫かれて倒れるライザネスの体から剣を抜き取り、喉も枯れよとアッシュが叫ぶ。

『炎よ!』

 蹲る月神と夜の神。二柱の神が、紅蓮の渦に呑み込まれた。

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