最後の戦い②
≪我々を殺してみせるか、番人?≫
嘲ることすら馬鹿らしい。そう言いたげに、ソレアが冷めきった目をむけた。
『殺す? そりゃとんだ思い違いだろ』
≪何だと?≫
『だって、お前達は遠い昔にもう滅んでいるんだから』
アッシュの指摘に、神々の顔から表情が消える。仮面のごとく凍り付いた顔を見まわし、アッシュは続けた。
『お前達は、俺と同じ残り滓だ。受肉の
答えはもはや声ではなかった。純白の空間を切り裂き、紫電が踊る。
≪バッカねぇ! ないなら作れば良いのよ!≫
嬌声と共に放たれた雷はしかし、アッシュに到達する前に空中で霧散した。まるで見えない壁に阻まれたかのような不自然な消滅に、イルファランの目が鋭い光を帯びる。
≪カティ……! 何度言えばわかるの?! 邪魔しないで!≫
「お前こそ、何度言われれば理解できるんだ。私はカティアルではない。だから、邪魔をする」
≪駄目よ! そんなの駄目!≫
光は球となり、それぞれが細い光で繋がれていく。
≪どうしていつもわかってくれないのよ! カティ、あなたはこっちにいないといけないのに! なんで、どうしてよ?!≫
叫びと共に密度を増やし、巨大な檻のようになった雷球が唐突に爆ぜる。
不規則に迫る高速の雷の群れを見据え、前へと踏み出したのはアッシュだ。
『頼むぜ』
「任された」
短いやり取り。その声すら置き去りに、アッシュの身体が加速する。
≪させません!≫
紙一重の距離で雷光を見切り、距離を詰める彼にライザネスの手から光が迸る。キムリィズからは炎が。ソレアは虚空から取り出した灼熱の剣を持って駆け出す。
熱と光の乱舞が白い空間をたちまちのうちに染め上げ、目も開けれぬほどの嵐となって荒れ狂った。そのただ中で、怖気付くどころか逆にアッシュは深く鋭く踏み込み、最後の一歩を詰める。
人間など何万回と消し炭に出来るだけの威力を持った炎も光も、彼には届かない。
その正体を見抜き、ライザネスが呪わしい声をあげた。
≪カティアル……! なぜ、どうして……?!≫
放たれた矢のように走るアッシュの周囲を風が巡っていた。風は炎も光も叩き潰し、雷を切り裂いて彼と共に奔る。
≪おおおおおおおおおおお!≫
雄叫びと共に躍り出たソレアが剣を大きく振り上げる。太陽がごとき眩い輝きが周囲を歪ませ、風を吹き散らした。
勢いのまま振り下ろされた剣の下を潜るようにして避けたアッシュは、ソレアの背後へと抜ける。
太陽神の背後。ここまで来たのが信じられぬ、といった風に目を見開く蒼天の神の胸に刃が潜り込み、振り抜かれた。
『まずは一人目』
声も出せずに崩れ落ち、消滅する少女神を前に破壊の番人は宣告する。
≪イルファ……!≫
悲鳴を上げたのは
≪待て≫
≪ソレア……放して!≫
≪行っても無駄だ。イルファランはもう還った≫
淡々としたソレアの言葉を証明するように、イルファランのいた場所には何も残っていない。彼女が纏っていた蒼穹のドレスすら消滅していた。
茫然と下を向いていたキムリィズは、ゆっくりと顔を上げる。憎悪と憤怒を宿した瞳がアッシュを射抜いた。
≪やはり、貴様は欠陥品だ。造物主に歯向かうなど……!≫
ギリ、と奥歯を噛みしめた次の瞬間キムリィズが吼えた。
≪――――!≫
無音の咆哮は空気を震わせ、衝撃波となってその場を満たす。顔をしかめたソレアが腕を放し、月神ライザネスがやれやれと頭をうちふった。
≪……まったく、気が短いな我が奥方は。頭が破裂してしまうよ≫
『……っぅ!』
神々ですら苦痛を負う夜女神の叫びに、アッシュが膝をつく。その様を見て獰猛な笑みを浮かべ、キムリィズは手を伸ばした。紅唇が、いつくしむようにその名を呼ぶ。
≪きなさい、イリシオン≫
驚愕に目を剥くアッシュの手から剣が消える。一瞬後には、それはキムリィズの手の中に納まっていた。
≪驚きましたか? けれど、この剣は元より私達が造ったもの。お前と同じようにね。ならば、扱うのは造作もないこと≫
くるりと薄蒼の剣を弄んだキムリィズはしかし、アッシュの方には向かわずに踵を返す。
その先には、夜女神の叫びを受けて蹲るクロスがいた。
≪ソレア、そちらの不良品の処分は任せましたよ。私は、愚妹のけじめをつけてきますので≫
悠々と歩いていく女神を止めようとアッシュが立ち上がる。だが、その前を灼熱の刃が通り過ぎた。
間一髪で顔を逸らせ、その一撃を避けたアッシュの前にソレアが立ちはだかった。
≪まさか、楽に通れるとは思っていまいな?≫
≪ふむ、なら私はどうするべきでしょうかねぇ?≫
くすくすと楽しそうに嗤い、ライザネスがソレアの隣に並ぶ。ちらりと彼を見やり、ソレアは鼻をならした。
≪良いのか、妻を放っておいて≫
≪ははは、姉妹喧嘩に首を突っ込むほど野暮ではありませんよ。それに、彼女の『叫び』に巻き込まれるのもごめんです≫
≪それもそうだな。――では≫
≪ええ、これの始末は私達でつけましょう≫
再び灼熱の炎は燃え上がり、銀色の光が月神の手に集う。
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