水面下に散る火花②
ひたり、と空気が刃のごとき冷たさをもってうなじに纏わりつく。動揺を悟られぬよう、リーンは端的に問い返した。
「何がだ?」
「あなたはヴァーユを出た後、ノースポートに行く兵達とも、北大陸に行く我々とも別行動をとっていましたね。他に用事があるとかで」
「そうだな」
ザインの余裕からして、彼はアゴラにリーンがいたという確かな証拠を握っているのだろう。問題はそれが一体どんなもので、どこまで彼らに知られているかということである。
ウルズに連絡をつけたところまでか、それともアッシュ達と通じているのがばれたか。最悪の事態を想定するならば、その両方を覚悟すべきだろう。
まずはそれを見極めなければならない。
「しかし、どうしてそこでアゴラなんていう具体的な地名が出てくるんだ? まさか後でもつけてたか?」
自らで言いながらも、そんなはずはない、とリーンは断言できた。己の護衛達はそこまで抜けていない。
「いえいえまさか。ただ、あそこにも一応港はありますから。あの男も、我々がノースポートを重点的にはることは予想できるはず。何がしかの裏をかく可能性を考え、住人たちから情報を募るよう命じていたんですよ。そうすると、何とも面白い話を聞けまして」
にっこりと笑い、ザインは卓の上で指を滑らせる。
「銀髪の少年が、この世のものとも思えぬ美しい男といるのを見たとか」
「それはまた、曖昧極まりない証言だな。まさかそれを信じたと? 堅実な将軍殿の言葉とも思えん」
「ええ、確かにそれだけなら私も何も思わなかったのですが」
意味ありげに言葉を切り、ザインは卓から指を離した。掌の下。そこに輝く陣が刻まれている、と気づいた時には既に遅く。
爆発的に膨れ上がった純白の光が指向性を持つうねりへと変貌し、リーンに絡みついた。
バランスを崩し、半ば叩き付けられるように床へと倒れ込んだリーンの上方からザインの落ち着き払った声が降って来る。
「……っ、貴様」
「ただねぇ――いたんですよ。その、銀髪の少年と一緒に燃えるような赤毛の青年と、若草色の髪をした少年が」
身体をよじって首を上向かせるリーンを見下ろす碧玉の瞳が笑みの形に歪む。
「クティノス族に先天性響感異常者を連れ歩いてる銀髪の少年なんて、そうそういるとは思えないんですよ」
ザインの指摘は実に正しい。クティノス族はかつてのサザンダイズ南方遠征と、3年前のソレアとの南十字聖戦の折にごっそりと数を減らされてしまったし、先天性響感異常者にいたっては実に9割が、生まれ落ちた瞬間に命を落とすか精神に異常をきたすと言われている。
クティノス族の特徴は褐色の肌。そして、
一方の先天性響感異常者――音の魔零子との親和性が生まれつき高すぎる人間の特徴は若草色の髪。
どちらも、リーンにとっては馴染みの深い色彩だ。
「だから言ったんですよ、ゲテモノ食いも程々にしなさいと。貴方は、あの蛮族と狂犬のせいで足元を掬われた」
「……うるさい」
「何と吠えようと、結果が全てです。貴方には覚悟がない。だからあの足手纏い達のせいで今、無様にも這いつくばっている」
あの2人だという証拠はあるのか。たまたま同じような人物がいただけではないのか、と言い逃れすることは出来ない。
訴えたとして、相手にそれを聞く意思がないのは今の己の姿を見れば一目瞭然である。
悔しそうにリーンは歯噛みした。この状態では助けを呼ぶ隙も時間もない。
仮に呼んだとて、中央大陸の覇者たる国の将軍2人に、現世最高の法術の使い手である法王、勇猛な武人としても名をはせる己が父親。
どう足掻いても勝ち目はない。
「お前はよくやった」
金管楽器を彷彿とさせるような太い声に顔を上げれば、湖水色の瞳が冷然とリーンを見下ろしていた。義姉と同じで、それでいて全く違う色の宿る冷酷な目。
「お前は確かに頭が切れる。何も知らなかったガキが、3年という時間にしてはよくやった。だが、少しばかりが経験が足りなかったようだな」
王の後ろで、シヴァが何か呪文を唱えた。途端、リーンの視界が霞がかったように薄れる。抗おうとする意志とは関係なく、意識がむしり取られていく。
「教えてやろう、
意識を奪われたリーンの頭が床へと硬い音を響かせて落ちる。その銀髪を見下ろし、王は聞こえないのを承知で淡々と続ける。
「頂点に君臨する者は、常に前に進み続けねばならんのだ。何を犠牲にしてもな」
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