血の記憶

 一際強い深紅の光が部屋を満たした。

 思わず目を閉じたエルが次に目を開けた時、クロスは部屋の中央に倒れていた。

「あなた方がさっき言ったことは……本当なんですか?」

 部屋に踏み込もうとしていたザインが振り返る。

「知りたいですか?」

「ええ、当たり前でしょう」

 厳しい目を向けるエルに、ザインは軽く息をついた。

 呆れているような、面倒臭そうな態度で彼は口を開く。

「貴方が聞いたままですよ。彼女は歴とした王家の血を引く王女です。もっとも、その生まれは祝福なぞされようがありませんでしたけどね」

 ぐったりとする少女を抱きかかえながら、イストムーンの男も頷く。

「当然ながら、公になど出来るはずがなかろう」

「しかし……いかに望まれぬ子であったとしても、仮にも国王の娘でしょう? そう簡単に捨てたりするものなのですか。今の王には王妃との間の子がいないというのに」

 エルの言う通りだった。

 今のサザンダイズ国王には、正当な後継者はいない。王と王妃との子供は3人いたが、皆死んでいる。

「1人目のアンドレ王子は7年前に落馬、2人目のキャサリン王女は5年前に病気。そして3人目のユリウス王子は確か3年前に国境間の争いで戦死だったな。皆、この女が捨てられた後の話だ。――当時は、誰も予想しなかっただろうよ。こうも次々と世継ぎが亡くなるとはな」

 皮肉な笑いに答えるように、ザインが後を続けた。

「そうして王宮に呼び戻されたのが、あのリーン王子というわけです」

 その王子なら、エルもこの場に来る前に会った。

 現国王と同じ銀の髪をした、まだ10代半ばの少年だ。

 幼いといっても良いほどなのに、その外見にそぐわない強い意志を宿した深緑の瞳が印象的だったのを覚えている。

 まだ声変わりも終えていないあどけなさで「お前たちも化け物を殺しにいくのか?」と真っ直ぐに問いかけてきたのだ。

「彼も、元は褒められた出自ではありませんからね。ただ、我々も彼女が――スノウ姫が生きているとは思いつきもしなかったのですよ」

「ふん、アインワードを扱える銀髪の小娘と聞いた時点で気づけば良いものを……」

「仕方がないでしょう。私はあなたと違って、彼女といたのはせいぜい1週間程。しかも、当時は外見も全く違ったんですから」

「ち、ちょっと待ってください」

 睨み合いを始める2人の間に、慌ててエルは割って入った。

 この言い方だと、まるで―――。

「お2人は、同じところに所属していたのですか?」

「ええ、少しの間だけね。私がいたのはあの男が持つ≪予言≫を研究する研究室でしたが、ランヴァさんは当時12師団にいたんですよ」

「12師団……」

 サザンダイズには、兵団や各地に駐屯している騎士団の他に魔術を専門として扱う魔術兵団がある。

 その師団の数は15だが、実際に有事の際に動くのは第1から第10までだ。他の11から15の師団は、それぞれ魔術に関わる研究や活動をしている。

 そのうち、12師団は魔道具の発明や魔霊子の研究・開発を行う組織だ。

 ザインの言葉を受けてイストムーンの男――ランヴァはことさら嫌そうな顔をする。

「私は当時、そこでより高度な魔術を容易に扱えるにはどうしたら良いかという研究をしていたわけだが……被験体にしていたスノウ姫なら、≪予言≫へリンクできるのではないかと、そこの男に言われたんだ」

 そこの男、のところでランヴァはザインへ向かって顎をしゃくった。

「ちょっと……待て」

 呻くように言ったのは、エルではない。

 ランヴァの手を振り払ったクロスが、3人を睨み付けていた。

「では、私はあの男と会ったことがあるのか……? あの男は私のことを知っていたのか?!」

「そうなりますね」

 明らかに動揺を隠せない彼女に、ザインは冷淡に頷いた。

 彼は愕然とするクロスの前にかがみこんで人差し指を立てた。

「では、もう1つ良いことを教えてあげましょうか」


 微笑みと共に、チカリと赤い呪われた宝石が瞬いた。


「あなたがあの男に何を聞いたかは知りませんが」

 宝石の向こうで、ザインが嗤う。

「研究所の他の子供を殺し、心臓を奪い――あまつさえあなたの記憶を消したのは、彼なのですよ」


 脳裏に焼き付けられる赤い光。

「……嘘だ」

「嘘ではありません」


 囁かれる毒。麻痺する感覚と思考。

 再びがくりと膝をついたクロスの耳に、意識に刷り込まれる囁き。


「殺しなさい、全ての元凶を。アッシュ・ノーザンナイトを殺し、その心臓を捧げるのです」

「……嫌、だ」

「殺すのです。あなたには、その義務がある」

「いやだ……」


 真っ白な部屋に響く逆らう声は、だんだんと小さくか細くなっていき――やがて消えた。

 

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