記憶の扉

「教えてやろう。『深紅の空に太陽を頂いた漆黒の獅子』は、呪われし王家の者に捺される烙印でもある」

 渦巻く意識の中で男の声が響いた。

「呪……わ、れ?」

「お前は現国王と、その母親の間に生まれた子なのだよ」

 言われた言葉に頭が凍り付いた。

 国王と、その母親ということはつまり――。

「近親相姦ですか。まったく、王家の血が濃すぎるのも問題ありですね」

 低い声で笑ったのはザインだ。

「そう、普通は殺すか一生幽閉するところだが、お前はそのどちらでもなかった」

 カツ、と男が足を踏み出した。

 クロスの近くまで来た彼は、その顎を掴むと顔を上向かせる。

 無理な体勢に顔を歪める彼女を冷めた目で見下ろし、男はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

「まったく、忌々しいほどにあの男に似ているな。この銀髪も、顔立ちも」

「……っ!」

 激烈な怒りを宿す湖水色の瞳を覗きこみ、男はせせら笑う。

「その色までも同じとは。呆れるよ、まったく――まぁ、そんなことはどうでもいい。お前は生かされ、当時サザンダイズにいた私の元に預けられたんだよ」

 空いた方の手で彼女の滑らかな頬を撫ぜた男は、嫌らしい笑みを刻んだ。

「さすがに、当代最高と言われた女王と国王の血は、実に高い魔術の素養を持っているな。お前は私の最高の作品だよ」

「な、にを…言っている」

「お前ならわかるだろう? この虚無の世界が」

 囁かれ、クロスの肩が跳ね上がる。

 言われて気づいた。この白い部屋には、魔霊子が全く存在していないのだ。

 魔霊子は、世界に溢れている。

 炎には火の魔霊子が。木々を揺らす風には、風の魔霊子が。

 普通それらは現実世界に影響を及ぼすことはないほどに微妙なバランスで存在している。

 それがここにはないのだ。

 それは世界と隔離されたと言っても過言ではない。

 男に指摘されて気づいたクロスの背筋が泡立つ。

 今更ながらその異常さに気づいて顔を青ざめさせる彼女の頬を、男の指が撫でた。

「さぁ、私が刻んだ印を見せておくれ」

 男の指はクロスの頬から首、肩へと滑っていく。

 華奢な肩を両手でしっかりとつかみ、男が耳元に口を寄せた。


「解の陣・扉を開けよ」


 その瞬間、ゾクリとクロスの背筋が泡立った。

「あ……」

 身体が熱くなる。全身の感覚が鋭くなり、周囲に魔霊子はないのに世界が肌を蝕む。

 まるで神経を剥きだしにされるかのような不快感。だがそれは、ともすれば快感にも変わってしまいそうな奇妙な感覚だった。

 しかし、変化はそれで終わらない。

(これは……)

 ローブ越しに彼女は自分の身体が薄く光っているのが見えた。

 赤、青、黄、緑。

 色とりどりのそれらは、まるで彼女の身体で脈打つように明滅を繰り返している。

「う……くっ」

 身悶えした拍子に彼女のローブがずれる。そこから覗く素肌に、クロスは己の身に起こった変化を目の当たりにして目を見開く。

(なんだ…これは?)

 彼女の白い肌には幾多の魔法陣が浮かび上がっていた。いや、魔法陣だけではない。

 それは文字であったり、直線であったりと形は様々だ。

 共通して言えるのは、そのどれからも微かに魔力を感じること。

 それを自覚した途端、頭がかき回されるような気持ち悪さが押し寄せてくる。

「う……あああああ!」

「その構成式も、陣も、全て私がお前に施したものだ。素晴らしいだろう? あそこが崩壊した後、どうなっていたかと危惧していたが……どうやら立派な魔術師に育ったようだな」

 どこか遠くで男の声が聞こえてくる。霞んだ視界で、男の持つ宝石だけがやけに赤く輝く。

「あそこ……?」


 反射的に問いかけた彼女の脳裏に、さっきとは別の光景が浮かび上がった。

 視界を上から下にはしる鉄の棒。ここは檻だ。自分たちを閉じ込める、

 自分が檻に閉じ込められているのか、檻の外から中を覗いているのかはわからない。思い出せない。

 その鉄格子の向こうには、1人の少年がいた。

 一見すると黒にも見える紺色の髪。夜の闇を凝縮したかのような漆黒の瞳。

 初めてのはずなのに、クロスにはそれが誰だかわかった。

 わかるからこそ、彼女は混乱する。

(なんで……)


 鉄格子の向こうで佇む彼――アッシュは全身を血に濡らしており、その足元には無数の屍が折り重なっている。

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