呪われし王家の血統

 背中に伝わる冷たい感触に、クロスは目を開けた。

 白い壁、白い天井。

 そこは知らない部屋だった。

 そう広くはないが、異常なほど白い。

「ここは……?」

 どうやら縛られてはいないようで、彼女はゆっくりと身を起こす。

 どこにも窓はない。代わりに、部屋と同じような真っ白な扉が1つだけある。

 何があったのか思い出そうとするが、頭がくらくらして考えがまとまらない。

(そうだ。確か私はあの男の偽者に誘われて………)

 そこまで思い出したところで、純白の扉が開く。

「起きたようだな」

「お前は……」

 入って来たのは40がらみの日に焼けたがっしりとした体格の男だった。その胸には銀の月と単眼の龍が縫い付けられている。

 知らぬ顔のはずなのに、どこかで見たことのある気がしてクロスは顔を歪めた。

 イストムーンの軍人に知り合いはいないし、そもそも彼女がこの国に足を踏み入れたのは、今回が初めてだ。

 ――初めてのはずだ。

 沈黙していた彼女だが、イストムーンの男の後ろから入って来た人物には思わず目を見開いた。

「お久しぶりですね」

 金髪碧眼の端正な顔。仮面のように固まった穏やかな笑顔。

「ザイン……」

 低い声でその名を呼んだクロスに、相手は嬉しそうに赤い唇を歪める。彼女の強い敵意の籠った瞳にも顔色1つ変えず、ザインは胸に手を当てるとわざとらしく仰々しい礼をした。

「覚えていて頂き、恐縮ですよ」

「忘れるものか」

 そう吐き捨て、彼女は強い瞳で2人の男を見返す。

「イストムーンとサザンダイズが裏で手を結んでいるという、あの男の読みは正しかったということか。――まったくとんだ茶番だな」

 睨みつけるクロスに、不意にイストムーンの男が笑いだした。

「なるほど、もうそこまで見当をつけていたか。ザイン、我々の追う罪人はなかなかに頭が回るようだな」

「ええ、そんなことは百も承知ですよ。けれど、彼女の言うことには1つ間違っているところがある。そうでしょう?」

 勿体ぶるようなザインの言葉に、イストムーンの男も喉の奥で笑いながら頷く。

「まったくもってその通り。手を組んだのは、イストムーンとサザンダイズだけではない」

 そう言って振り返る2人の視線の先。

 真っ白な扉の向こうにはもう1人、見覚えのある青年がいた。

 純白と青の衣。太陽と翼を象った特徴的な意匠の杖。

 もしかしたら、拾った時よりも青白いかもしれない顔と薄茶色の髪。翡翠色の瞳。

「エル……?」

「ソレア教も、我々に協力を申し出てくれた。――だから」

 イストムーンの男の瞳が怪しく輝き、クロスの姿を映し出す。


「君も私達に協力してくれるな。スノウ姫?」


 かちり、とクロスの頭で何かが弾けた。

「お前、確かさっきもそんなことを言っていたな? 一体何なんだ、その『スノウ』というのは」

 頭が痛む。何かが記憶を引っ掻いて、彼女は顔をしかめた。

「やはり覚えてはいないのか。――なら、これの意味も忘れてしまったのだろうな」

 軽い驚きに目を瞠った男が取り出したのは、彼女が持っていたペンダントだった。

 見間違えようがない深紅の宝石は、サザンダイズの紋が刻まれたあのペンダントだ。

 慌てて胸元を押さえた彼女は、本来あるはずのものがないことに気づいて血相を変えた。

「…返せっ!」

 咄嗟に腕を伸ばすが、あっさりと男に掴まれた。

「まぁ、待て。知りたくないか? お前の過去を。この深紅の空の意味を」

「意味…?」

 訝し気に呟いた彼女に、男は腕を離した。

 もうクロスは抵抗しようとはしなかった。ただ、じっと男を見上げていた。

「まずは貴女の本当の名前をお教えしようか」

 チャラ、とペンダントが揺れる。


「貴方の真実の名前は、スノウ・グリンディラ・サザンダイズ」


 吸い込まれそうな赤い赤い宝石が、光のないはずの部屋で怪しく光り輝く。

「王家に名を連ねる、歴とした姫君なのだよ」

「何を言うかと思えば…。ホラ話にしても、もう少し笑えるものを考えればどうだ?」

 鼻で笑ったクロスだが、彼女を見る男の目は真剣そのものだった。

 じっとクロスを見据え、もう1度ペンダントを揺らす。

「思い出さないか?」

 問いかけられた声が引き金となり、彼女の脳内にある光景が再生される。


 魔法陣。

 大きくて怖い影。

 円形の白い祭壇。

 手を伸ばす人々。


「やめ…」


 この先を見てはいけない。

 思い出してはいけない。


 赤い宝石が輝く。

 その光に眩暈を覚え、思わずクロスは膝を折る。


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