噴水広場にて②

 そういえば合流の場所を決めていなかった。

 アッシュがそう気づいたのは、町の中心にある噴水を備えた広場まで来た時である。

 ヴァーユに潜り込めたまでは良かったが、こうも人が多いと彼女を見つけるのも容易ではない。

 あの時は時間がなかったとはいえ、もう少し細かい打ち合わせをしておけば良かったと後悔するも後の祭りである。

 彼女のことだから無事だろうとは思うが、問題はこの町に辿りつけているかだ。

 何しろ、一本道でも迷うほどの方向音痴。逆方向に行っていても何ら不思議ではない。

(落ちた場所で待っておくように言っておいた方が良かったか……?)

 人目を引く容姿ではあるが、そもそもこの場所にいるかがわからない状況ではアテにならない。

 さてどうしたものかと歩く彼の視界に、神官達の姿がうつった。

 ここはソレア教の総本山。別に神官がいたところで珍しくはないのだが、彼が目を止めたのはその神官達が奇妙だったからだ。

 まるで身を隠すように角に佇み、じっとこちらを見つめている。

 いぶかしく思いながらも目だけを動かして周囲を見てみれば、同じような神官達が複数いた。さらに店のガラス戸越しに後ろを確認すれば、やはり後を追うようについてくる神官がいる。

 彼らをまこうとするも、その姿は徐々に増えていく。

(まずいな)

 歩いてきた道と、頭に叩き込んできた町の地図を照合してアッシュは心中で舌打ちした。

 誘い込まれている。進路を絶つように現れる神官達は、明らかにアッシュを誘導しようとしていた。

 だが、それがわかったところで打つ手はない。ここは町のど真ん中。周囲には無関係な人間が――いや、無関係な人間しかいないのだ。

 よしんば、剣を抜いたとしても人数に差がありすぎる。いくら魔術師よりも早く動けるとはいえ、一度に相手にできる数は限られている。

 彼らとて、町中で魔術を行使するような無茶はしないだろう。そう思う。


 ――だが、もしも。

 もしも、彼らが他の人間を巻き込むことも辞さないとすれば?


 想像に、アッシュの背が冷たくなる。

 サザンダイズは、命じるのが王という『人間』だ。同じ人間だという分、民の反感を恐れて慎重にもなる。

 しかし、ソレア教は違う。

 彼らが信じるのは神であり、神が是と言うなら他の人間など簡単に踏みつぶしていく。

 実際、彼らは過去にも神の名の元に『聖絶』という名の虐殺を繰り返して、今の一大勢力を築き上げた。


(けど、早すぎる)


 ソレア教は自由で門戸が広い分、神敵以外の要因で団結するには時間がかかる。

 さらに地図上はイストムーンに属する地区に総本山があるため、サザンダイズも情報を渡すのは慎重になるはずだ。

 外面的には『絶対中立』を謳う分、表立っての行動は双方ともに出来ないのである。

 どれだけ素早く連携したとて、その差違は致命的な遅さとなるだろう。


(だってのに、アテが外れたな)

 内心の動揺を隠したままさらに歩を進めると、次第に裏さびれた路地へと向かっていくのがわかる。

 すでに表通りしか載っていない地図の記憶はアテにならない。次に曲がった先が行き止まりでもおかしくないのだ。

 そして、アッシュの勘は『行き止まり』はそう遠くないと告げていた。

(そろそろ覚悟を決めた方が良いかな)

 そう考えながら、現れた角を曲がる。

 だが、曲がってすぐに足を止めざるを得なくなった。

 予想通りそこは行き止まりだったからだ。

 少し開けた空間には、後ろから来るのと同じような恰好をした神官が待ち構えていた。



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