大神殿

 高い天井から降り注ぐ陽光がステンドグラスを通り、赤や青、黄といった華やかな色彩を床へとうつす。

 だが、この空間を支配するのは華やかさとは正反対の静謐な沈黙だ。

 白い壁、白い天井、白い床。

 窓枠や一部の装飾だけが青く飾られた部屋は、どこか狂気すら感じさせる。

 ソレア教総本部サンアクス神殿。世界中を支配する宗教の中心地はどこまでも静かで、彼らが輝く太陽と空を崇めていると言われてもピンとこないだろう。

 何よりも、その沈黙を作っているのが空白ではないのが異質だった。

 沈黙を作っているのは、その部屋に集まった何十・何百という神官達なのだ。

 その白と青で構成された群れの中でエルはそっと目を上げた。

 まるで蝋で作られた人形のように、周囲の神官達は微動だにしない。

(いつもながら息が詰まるなぁ)

 時が止まったかのような空間に、彼は心の中で溜息をつく。上位神官の集まりには何度も出たが、毎回繰り返されるこの空気だけはどうしても好きになれない。

 さらに今回は滅多にない、法王じきじきの招集だ。

 いやがおうでも空気は引き締まり、もはや集団ではなく1つの巨大な生き物のようですらあった。

 そうして、どれほどの時が流れただろう。


 沈黙は唐突に破られた。


 正面。

 豪奢な浮彫が施された純白のドアがゆっくりと開かれ、1人の男が現れたのだ。

 白いフード、青い文様が随所に入った煌びやかな僧衣。左手には、法王だけが持つことを許される黄金の太陽を象った杖が握られている。

「法王様……」

「主よ…」


 囁くような声がさざ波のように広がり、沈黙しかなかった部屋を揺らした。

 男が杖を掲げ、トンと床に打ち付ける。

「静かに」

 その一言だけでどよめきが止み、再び静寂があたりを満たす。

 圧倒的なオーラ。この場を支配しているのが誰か、幼児でもわかるだろう。

(さて、何が始まるのやら)

 顔を伏せて考えたエルの耳を法王の言葉が素通りする。

 型にはまった祝詞の後、小さく息を吸う音が聞こえた。


「では、早速だが諸君を集めた理由について話そう。我々神の使徒が討つべき、天の意思に逆らいし大罪人。不死の毒を持つ現世の魔王について」

 法王が、再び杖で床を打つ。

 その音を合図にしたかのように、その場にいた全員に共通の映像イメージが浮かび上がった。

 濃紺の髪、漆黒の瞳。長身白皙の、人とは信じられない美貌を持つ青年の姿が。

 そして、エルはこの青年を知っていた。何しろつい先日別れたばかりなのだから。


「…………っ!」

 思わず顔を上げたエルは、そのままギクリと身体を強張らせた。

 穏やかな法王の目は、疑いようもないほど真っ直ぐにエルを見据えている。


 エルだけを、見据えていた。


「神の御名の元、告げよう。かの者の名はアッシュ・ノーザンナイト」

 目を逸らすこともできないエルの前で、法王は託宣を下す。

「我々の敵だ」

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