噴水広場にて➀

 そういえば合流の場所を決めていなかった。

 クロスがそう気づいたのは、町の中心にある噴水を備えた広場まで来た時である。

 あの時はそんな細かい場所の打ち合わせまでしている暇などなかった。というか、強制的に別れたので、そこまで考えていなかったのだ。


(とりあえず入口で待っていた方が良いのか? しかし、どの入口だ)


 彼女が聞いた話では、ヴァーユにある門は東西南北の計4つ。

 正面は北の大門だが、彼がそこから来るとは限らない。というか、彼がちゃんとした門から入ってくるのかも怪しいところだ。

 目立つ容姿なのは確かだが、こう人が多くてはその特徴もあまり役には立たないだろう。

(どうしたものか……)

 噴水の縁に腰かけ周囲を見回していた彼女の目が一点で止まる。

 道行く人より頭1つ高い濃紺の髪。深い漆黒の瞳。老若男女問わず、すれ違う人が思わずふり返るほど整った目鼻立ち。

 見間違えるはずもなく、彼だ。

 アッシュの方はまだクロスには気づいていないのか、人の波をすり抜けて歩いていく。

「ちょ、ま…」

 慌てて立ち上がり、後を追おうとするクロスの前で青年の身体はするりと路地に入っていった。

「こら待て、気づけ!」

 無茶なツッコミをし、彼女もアッシュの後を追って路地へと足を踏み入れる。

 そう時間をおいたわけでもないのに、前を行く背中はずいぶんと遠くに離れていた。

「これがコンパスの差というものか」

 小さく毒づき、彼女も足を早めるがなかなか追いつけない。声をかけようにも、気づけば相手が次々と角を曲がっていくためそれを見失わないようにするので精一杯だ。

 そうして幾つの角を曲がり、幾つの筋を通り過ぎただろう。

 汗をぬぐって何とかその後を追っていたクロスだが、ふと妙に思って立ち止まった。

 ここに来るまで、一度もアッシュは振り返っていない。自分がずっと後をつけているにも関わらず、である。

 周囲も随分と様子が変わっていた。

 大通りからは外れ、気づけば路地は狭くなってきており、人1人がすれ違うのがやっとの広さしかない。立ち並ぶ建物からも人の気配はあまりしない寂しいところである。

 頭のどこかが警鐘を鳴らす。

 踵を返そうと彼女が立ち止まった時を見計らったかのように、目の前の男も歩みを止めた。

「クロス」

 名を呼ばれ、思わず彼女は固まった。

「後ろから来てたんなら言ってくれよ。誰かと思ったじゃねぇか。お前なら、こんなとこまで誘い出さなくても良かったのに」

 両手を広げ近づいてくる男に、クロスは後ずさった。

「お前…」

「ん? どうした?」

 苦笑して首を傾げる彼をクロスは睨み付けた。

「お前は誰だ」

「おいおい、何を言ってるんだよ。まさかお前…」

 馴れ馴れしい態度にクロスは思わず舌打ちを漏らした。

「あの男は、私のことを『お前』とは呼ばないんだよ」

 すっと男の顔から笑みが消える。なまじ顔立ちが整っているだけに、無表情になると人形じみた不気味さがそこにはあった。

「やっぱり気づかれましたか。でも、もう手遅れです」

 背後から聞いたことのある声が響く。

 振り返ろうとした彼女の視界が、ぐにゃりと歪んだ。


「お帰りなさい。スノウ」


 その声を最後に、彼女の意識は闇に呑まれる。

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