第6章 聖都にて
入城
「おお…!」
思わず窓から身を乗り出し、クロスは感嘆の声を上げた。
美しく整備された町並みに、華やかな衣をまとう人々。笑いさざめきながら歩いていく彼らが歩く両脇には、白い石造りの建物が整然と立ち並んでいる。
煉瓦が敷き詰められた通りは太陽の光を反射して眩しく輝き、まるで蜘蛛の巣のように町中に広がっていた。
「すごいな。これが聖都と名高いヴァーユか…!」
本部。聖都。中立区。総本山――さまざまな呼び名があるヴァーユは、その呼称に恥じない立派な姿でクロス達を出迎えていた。
「すごい! 話に聞いた通り立派なものだな!」
「ありがとうございます」
目を輝かせて窓外の景色を追うクロスに苦笑し、エルが窓の外を指さした。
「通りを見るのも楽しいですが、ここに来たからには我々の城も見てほしいものですね」
彼が指し示す先――蜘蛛の巣の中心にクロスは目をやった。
一際高く天を突く白い建物。
壁には鮮やかな青い塗料で繊細な模様が描きこまれ、鐘をそなえた塔の頂には太陽と翼を合わせた紋章が煌めいている。
「あれこそ私達ソレア教の聖地、サンアクス神殿です」
「サンアクス。確か、古い言葉で聖なる太陽という意味だったか。空の神を崇めるソレアらしい名前だな」
嬉しそうなクロスの言葉に、エルはちょっと目を瞬かせた。
「詳しいんですね」
「そうかな。普通だと思うぞ」
感心したようなエルの褒め言葉も、今の彼女にはどうでもいいらしい。
もの珍しそうに瞳を輝かせる様は、年頃の少女らしい明るさに満ちている。そこからは、ここに来るまでに見せた神秘的な雰囲気など欠片も見いだせない。
「あそこには法王様がいらっしゃいます。私達は、今からそちらに向かいますが……」
さすがに、一般人である彼女を連れていくことは出来ない。
言外にそう言って言葉を濁すエルに、クロスは「それもそうだな」とあっさり頷いた。
「では、私はここらで失礼しよう」
「そうだな、町の中心も近い。降りるのならばここが良かろう」
そう答えたファイが、御者に止まるように命じた。
「無理を言ってすまなかった。ありがとう」
馬車が止まるのを待ってドアを開けた彼女は、車内に残る2人の神官に頭を下げた。
「そう思うのなら、あんなゴリ押しは勘弁して欲しかったがな」
肩をすくめるファイに、クロスは再度「すまない」と小さく舌を出した。
年相応のその態度に、エルも笑って手を振る。
「それでは、機会があればまた会いましょう。アッシュさんにもよろしくお伝え下さい」
「ああ。――では、世話になった」
ひらりと身を翻した彼女の白い姿がドアの向こうに消える。
やがて馬車は動き出し、すぐに彼女の姿も人並みに紛れて見えなくなった。
「変わった娘だったな」
「でも嫌じゃなかったんでしょう?」
笑みを含んだエルの問いに、ファイは鼻を鳴らした。
「そうだな。最初は驚いたが……俺の心配は外れたようだ」
「心配?」
「何だ、お前知らないのか。例の大罪人の特徴」
「知ってますよ? 濃紺の髪に、黒瞳黒衣の若い男でしたっけ」
首を傾げたエルに、ファイは溜息をついた。おっとりしているように見られるが、エルは頭の回転が速い。
若くして役職に就いていることもそれを証明しているし、決して愚鈍ではないはずなのだ。しかし問題があるとすれば実直さゆえの視野の狭さと、人を信じすぎるきらいがあることだろう。
窓枠に片肘をつき、ファイは眉を寄せた。
「彼女の連れの容姿と名を、もう一度思い出して見ろ」
「ええ、同じですね。もっとも、姓は聞いていませんが」
ニコニコと笑ってエルは頷く。ファイは苛立たしげに指で己の頬を叩いた。
「――だったら」
「違いますよ」
やんわりとエルは否定した。
「彼は違います」
「なぜそう言い切れる。命を助けられたからか?」
「もちろん、それもありますよ。でも、それだけじゃないんです」
ますます眉間の皺を深くするファイに、エルはくすくすと笑った。
「私が神殿を出る前に、手紙が届いたでしょう?」
「ああ。確か、お前の弟からだったか」
「夜の精霊に助けてもらった、と。そう書いてました」
「は?」
ぽかんと口を開けるファイには構わず、エルは一人で感極まったようにうんうんと頷いている。
「さすがは俺の弟。読んだ時はついにストレスでおかしくなったのかと不安になったが……。あれは確かにそうだよな。うん、情緒もしっかり育っているようで一安心だ」
「――おい、エル」
手紙の内容を思い出しているのだろうエルに、ファイは半眼で呼びかけた。
彼の意を組んだエルの表情が切り替わる。唇に刻まれたのは、不敵な笑みだ。
「だから、違います」
「断言したな。まったく、頑固なのは相変わらずか。一体誰に似たんだか……」
「あんたに似たんでしょう。弟子は師の背中を見て育つものですからね」
笑みを消し、エルは穏やかに言葉を続けた。
「ファイ様。私はね、たとえ彼が本当に例の罪人でも構わなかったんですよ。だって、私の一番大切なものを守ってくれた」
「そこは素直に国を信じれば良いだろうが」
「私はソレアの神官ですからね。信じるものは国ではなく、神ですよ」
再度、ファイは大きく息を吐く。
「それは立派なことだ。きっと神もお喜びだろうよ」
御者が神殿に着いたことを告げた。2人の前で、白亜の城門が開かれる。
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