創世神話
——この世界の名前はテイル。
信じられている神は地域によって若干の差はあるが、世界創世話はたいてい同じで、この世界はかつて神達の戦争の最終地だった。
争ったのは空を司る神の一派と大地を司る神の一派。
長い長い戦いの末に勝利したのは、太陽神ソレアをはじめとする、空を司る神の一派。
すなわち、最高神にして太陽神のソレア。
彼の妻である蒼天の神イルファラン。
ソレアの兄にして、月を司る月神ライザネス。
その妻である、夜と闇の女王キムリィズ。
彼女の妹にして、裏切りの黄昏神カティアル。
五柱に敗れた大地の神々は≪世界の終わりの予言≫を残して滅んだ。どの神々もその予言が何かはわからなかった。
そして空の神々は今の世界を造った。
しかし、彼らもただで勝利を収めたわけではなかった。長きにわたる戦いは、彼らから世界を統治する力をすっかり奪っていたのだ。
五柱が最期に作ったのは≪世界の解放の予言≫と呼ばれるものだった。
空の神々亡きあと、残った神達は新しい神を作り、世界の秩序を保つようつとめた。
そして何百、何千年の時が流れた時≪世界の終わりの予言≫が——大地の神達がこの世界にかけた呪いが世界に現れた。
それは蟲と人間が呼ぶもので、不定期に現れては世界を終わらせていった。
蟲を滅ぼすのは、かつて滅んだ空の神々の力でしか出来なかった。
だが、新たな世代の神達にその力を使うことはできなかった。
それは神の掟に反するから。
神達は考えた。
その間にも世界は幾度も滅んだ。
何度目かの終焉の後、一人の神がこう言った。
——ならばいっそのこと、人間達に空神の力の一部を与えたらどうか、と。
そして、蟲を滅ぼす力を人間に与えた。
神々の力は特別で、それに合う魂が五つ揃って同じ時代に現れることはなかった。
そして蟲が現れる時代には必ずその力を持った者が現れる。
「その力を持つ者達を、人は神に愛された印――聖痕を持つ者、と呼んだ。これが聖痕伝説だな。最後に現れた聖痕の主は、八十年前のヘクセン・テフォートだったか」
ざっくりと纏めたクロスは、胡乱気な目をアッシュに向けた。
「わざわざこの神話を出したということはつまり、お前の持つ≪予言≫というのは」
「≪世界の解放の予言≫だな。神話において、明確な役割を持たず、ぽっかりと浮いた神代の遺物だ」
「それが、お前の心臓に宿っている?」
「その通り。≪予言≫は心臓を核として、俺の身体を喰いながら世界に現れようとしている」
薄っすらと笑い、アッシュは続けた。
「俺が完全に化け物に成り果てた時、≪予言≫はこの身体を中心として世界を解放へと導く。蟲も神も人も――世界のすべてを原初の混沌へと戻すために。それが、空の神々がこの≪予言≫に与えた役割だ」
「大地の神々に呪われ、滅ぼされるならばいっそのこと自らの手で滅ぼしてやる、ということか。傲慢な空の神らしい最終装置じゃないか」
皮肉っぽく笑ったクロスは、あの不思議な空間のことを思い出した。全てが黒と赤の文字に分解され、飲み込まれていくおぞましい世界。
「さっきの状態が、世界を解放するということか?」
「まぁ、そういうことになる。あれは……早い話が暴走だ」
アッシュの顔がしかめられる。どういった説明をすればわかりやすいかを考えているようだ。
「あんたも知ってる通り、さっきまで俺は自分で自分の心臓の真名を持っていた。だから、依代である俺が死んだらこの≪予言≫の権利と力だけが宙に浮く形になった。それがあの状態なわけだ」
「では、私が死んだら再びああなるということか」
「そういうこと…なんだけどさぁ。あんた、さらっと死ぬとか言うなよな」
どんよりとした目でアッシュはクロスを見やった。
「確認だ。私とて、死んでやる気などない。そもそも、目の前で死んだ奴にだけは言われたくないセリフだな」
「そりゃごもっともなんだがな。あんたの命は一回きりなんだぞ」
「だから?」
じろりとクロスはアッシュを睨んだ。
「命が一度だけなのは、生き物なら当然だ。お前もな。他人事のように言うんじゃない」
言葉を詰まらせるアッシュに「努力目標」と指を突き付けると、クロスは話題を変えた。
「で、だ。お前はなぜそんなものを持っている?」
それは彼女が一番気になっていたことだ。
大事なものを盗んだ、というのはサザンダイズがアッシュを追うためのこじつけだとクロスは思っている。
だがそもそも、なぜ彼は≪予言≫を手にしたのか。お伽噺に出てくるような、真偽も怪しい遺物だ。そこらに転がっているはずもない。クロスとて、実際に見なければ一笑に付しただろう。
彼女の瞳にある疑念の色に気づき、アッシュは軽く肩をすくめた。
「盗んだってのは、あながち全部が嘘じゃない。これは元々サザンダイズのものだった」
意外な告白に、クロスは微かに目を見開く。
「こいつは元々、国直轄の研究機関で保管されていた。俺はサザンダイズの国民でもなかったしな。それで盗人と言われているわけだ」
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