襲来

 現れたのは、どれも立派な身なりをした男達である。ドアを蹴破った足元はしっかりとしたブーツだし、キラリと反射するのは軽鎧だろう。

 足音荒くドカドカと入ってきたのは、れっきとした騎士達だ。

 気色ばんだ彼らはしかし、部屋に一歩入ってクロスの姿を見たところで馬鹿みたいに口を開けて立ち止まった。彼らの足が止まったのを確認し、クロスはわざとらしく怯えた声を上げた。

「こ、これは失礼」

 彼女の悲鳴に、先頭に立っていた隊長らしき男が狼狽えたように声を上ずらせた。部屋に満ちる血の匂いすら、彼の頭からはすっぽ抜けたようである。

 己の無礼を誤魔化すように、男は背後をことさら大声で怒鳴りつけた。

「おい、どういうことだ?!」

 問いかけられたのは、男と同じような格好をした騎士だ。ただし、身につけているものは男に比べると劣っていると言わざるを得ない。

「は、いえ、その……。確かにこの辺りで見たと聞いたのですが…」

 その騎士もしどろもどろと弁明し、クロスをちらちらと見やる。

 そんな部下に舌打ちをして、男は改めて彼女に向き直った。

 こほん、と咳払いをした彼は己の職務を果たさんとクロスに問いかける。

「あー、その…失礼ですが。貴女はこの夜分に、なにゆえこのような場所にいらっしゃるのでしょうか?」

「なにゆえ、と言われましても。見ての通り私は旅人です。一夜の宿に難儀し、せめて夜露だけでもしのげればとこちらの建物に入ってしまいました」

 そこで顔を曇らせ、困ったようにクロスは顎に指をあてる。

「廃墟のようでしたので入ってしまいましたが、やはりここは他人様の所有物。出て行けと言われれば、すぐにでも出て行かせて頂きます」

「いいいいえ、決してそのようなことは言いません。ええ、はい。どうも我々の手違いのようでして」

「まぁ」

 ぱぁっと顔を明るくし、クロスは両手をうちあわせた。

「それは本当ですか。良かった…騎士様達が入ってこられた時は何があったのかと思いましたが、間違いでしたのね」

「はは、その……まことに面目ないです。失礼をいたしました」

 男は頭を下げたが、念のためだろう。声を潜めてクロスに問いかけた。

「実は我々はとある人物を追っていまして………あなたも見かけませんでしたか? 濃紺の髪に、黒い瞳の若い男です」

 くすくすと笑い、クロスは小首をかしげる。

「嫌ですわ騎士様。そんな人物が、いったいこの中央大陸にどれだけいるとお思いですか?」

「これは失敬。そうですな、他に特徴をつけるとするならその人物は――言うのも癪ではありますが、すこぶる美しい見目をしております」

 軽く肩をすくめ、騎士はキザな仕草で片目をつぶる。

「まるで貴女のように」

「あら、騎士様はお世辞もお上手ですこと。もちろん知ってますわ。私の友人にも、そんな色彩を持つ者が幾人もおりますもの」

「いやはや、まったくですな。返す言葉もない」

 快活に笑った騎士が頭をかいた。踵を返した彼らに、クロスも笑顔で手を振る。

 だが、扉が閉まる直前。


「それはおかしいですね」


 穏やかな声が部屋に響いた。


 騎士たちが、道をあけるように左右に割れる。現れたのは、声に違わぬ穏やかな風貌の男だった。

 歳のころは三十前半。金髪碧眼のその男に、クロスは見覚えがあった。

「また会いましたね、お嬢さん」

 唇を吊り上げて一礼したのは、宿で話したザインと名乗った男である。

 これはマズイ。決定的にマズイ。

 内心で冷や汗をかくクロスに微笑みかけ、ザインはあくまでも穏やかに続ける。

「あなたは、私と夕方にゼフィラトの宿で会っているはずですよね。なのになぜ、わざわざ引き返してこんな廃墟にいるのですか?」

 カツリ、と彼のブーツが廃墟の床を打つ冷たい音が響いた。

 言葉遣いも風貌も優しく、場違いなほどに紳士的だ。それなのに、クロスはその姿に不吉なものを覚えた。

 恐怖と紙一重の警鐘が、頭の中で鳴り響く。

 今すぐこの男を出て行かせるべきだ。そんな気持ちが、胸の奥から湧き上がってくる。

 唾を飲み込み、クロスはやっとのことで笑顔を作った。

「本当はあそこで宿を取りたかったんです。けれどあいにくと、部屋がいっぱいだったので。仕方なく、途中で目をつけていた場所に転がり込むことにしましたの」

 声が震えないように、不自然に見えないように。クロスは全精力をかき集めて彼に応対する。

「そうでしたか。それは災難でしたね」

 ザインは相変わらず微笑みながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。

「ええ、本当に。とんだ災難です」

 無意識にクロスの息が荒くなる。

 彼女とザインの距離がほんの数歩まで縮まる。そこで、やっと彼は足を止めた。

「クロスさん」

 ごく自然な動作でベストの内側に手をいれながら、ザインは天気の話でもするように気楽に問いかけた。

「夕方に言っていた男を、本当に知りませんか?」

 彼の表情は変わらない。それはまるで仮面のように。

 その表情のまま凍りついてしまったかのような男の笑顔に、クロスの背筋が凍った。

 思わず芝居も忘れて、クロスは喘ぐ。

「し、知らない…と言ったはずだ」

「そうですか。ところで」

 そこで、ザインの笑顔が初めて変化する。

 型にはめたような柔らかなものから、冷酷な猟犬のそれへと。



 言うが早いか、その手が動いた。

 いつの間に握っていたのだろうか。彼の手から、柄も刃も黒く塗りつぶされたナイフが投擲される。

 それは正確にクロスの脇をすり抜け、その後ろへと殺到した。

 声を出す暇もない。

 だが、ナイフの刺さる生々しい音は聞こえなかった。

 代わりに、ひるがえった布がナイフを弾く。

 凶刃の転がる乾いた音が、夜の廃墟に響き渡った。

 ざわり、とザインの後ろの騎士達がどよめく。投げた本人だけが、まるで睦言を交わす恋人のように甘く、嬉しそうに囁いた。

「やはり、いましたね」

 片膝立ちでザインを出迎えたアッシュは、不敵に口を歪めた。

「感謝しな。お前のために、待っててやったんだ」

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