第1章 その首160億につき
1-1.罪人と行き倒れⅠ-①
人が倒れていた。
「…………」
場所は国境に近い狭い山道。
地元の人間くらいしか通らないその道に、旅人然とした自分がいるのも不自然だが、その真ん中でぶっ倒れている相手はもっと不自然だ。
そんなことを考えながら、青年は道を塞いでいる人物を観察した。
身長と線の細さから推測するに女、だろうか。
青年がいまいち自信が持てなかったのも道理で、相手はこの地方の気候にまったく合っていない分厚いローブを着込んでいるのである。
つまり誰がどう見ても不審人物。
じりじりという擬音が聞こえそうな暑さの中、女の着込んだローブの白さが眩しい。
「…………」
新手の罠かとも思ったが、それにしてはここまで近づいても全く動きがない。
一瞬死んでいるのかと思ったくらいである。
放っていこうかという考えがチラリと青年の頭によぎるが、すぐに諦める。
さすがに、道を塞ぐように倒れている人物を跨いでいくほど太い神経は持ち合わせていない。何より、もしかしたら本当に普通の行き倒れという可能性もあるわけだし。
―――行き倒れに普通でない種類があるのかはともかく。
ぱったりと倒れた女の背面としばらく睨み合いながら、青年は来た道を振り返る。
通りがかる者は他にいない。
太陽が容赦ない光を放つ中、けっきょく青年が出した結論は。
「……おい、生きてるか?」
近づき、行き倒れている人物に声をかけることだった。
意識はあったのか、相手はわずかに頭を持ち上げて彼の方を見る。
フードの奥から覗いた瞳は、透き通った水色をしていた。
「……った」
微かな声。
「ん?」
よく声を聞き取ろうと彼は顔を近づける。
白い指先が持ち上がり、避ける間もなく彼の黒衣の裾をガシッと掴んだ。
何があっても離すものかという意思が、掴まれた指先を通してひしひしと感じられる。
宝石のような瞳が、ぎょっとする青年を射抜いた。
そして、切実な声が絞り出した言葉は。
「腹が減った…」
それだけ言って、女はまたぱたりと倒れてしまう。
どうやら今の一言を言うだけで、残り僅かな体力を使い果たしたようだった。
後に残されたのは呆気にとられたように固まる青年。
「……はい?」
黄昏に染まりつつある空に、そんな間の抜けた声が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます