第93話 少女機械と娼婦

ローマ帝国 ローマ


次の日、目を覚ますとStella(ステラ)の顔が目の前にあった。


「…おはよう、ステラ。」

「おはようございます、ご主人様。」


ベッドの上で俺に跨った体勢になったステラはメイドとかいうのではなく、はしたなさ全開だったのだが、主観で見てる俺にはステラの顔しか見えなかった。


「…ええっと、何で俺の上に?」

「起こしにまいりました…では、失礼して…。」


そういうと、ステラは普通に…俺の唇を奪ってきた。


「ふにゃ…っ。」


思わず、そんな声のような音が口からこぼれた。

ステラは、それを気にせずに3回ほど軽くキスをしてきたので…諦めて最後はキスを返した。


別に、唇を奪われることにもう執着はないが…そんなに慣れていないので恥ずかしくはある。


「…ステラ…もう起きてるって…。」

「では、処理の方を…。」

「今日は、いい!」

「わかりました、今夜の予定はございませんので開いておりますね。…キスの方は慣れるまで継続させていただきます…。」

「まさか…とは、思うが…ミア達にも?」

「勿論でございます、ご主人様。怠ると、機嫌を損ねてしまいますよ…では、これはキスを日課のようにしないといけませんよ!という意味の警告のキスでございます。」

「なっ!…ぁぁ。」


俺の腰を自らの腰部で固定し、手を両方掴み、目を閉じ顔を背けた俺に無理やり顔を押し付け、ステラは俺にキスをしてきた。

先ほどのような、いいものではなく…苦しい。


「昇さん…入りますね。…失礼、どうぞお楽しみください。」

「…。」


部屋にちゃんとノックをして入ってきたAlessia(アレッシア)は、一瞬で何かを察したようでそのまま出ていった。


「昇さん…お食事です。あらっ、ずいぶんと親睦を深めたようで、でも起きてください。」

「…わかりました。」

「昇さん、起きてください…ステラ、お召し物を。」

「はい。」


ようやく、ステラから解放されベッドを下りれた。

まあ、もう少しくらいならとか…今になって思ってしまった。

仕方がないこと…そうしておくことにしよう。


「ありがとう、Irene(イレーネ)。おかげで助かったよ。」

「はい…失礼…。」


チュッと、彼女の唇を肌で感じた。

瞬間的に困惑と、嫌な予感がした俺の体は硬直した。


「…イレーネさん?」

「あっ…はい。私がお助けしたのでお礼のキスを頂きました。」

「…ふぇ。」


そんな、気の抜けた声が出てしまった。

機械メイドは、キス魔なのか…それとも、キスをするのが習慣なのかよくわかっていないが、後者だった場合、慣れなくてはならない。

そんな俺を見透かしているのか、青い瞳の彼女は呆然とする俺を気にする素振りもなく出ていき、着替えた俺は彼女を追うように部屋を出た。

朝食を取り、今日は買い物をしにアレッシア、ミアと共にローマ市内を探索した。

トレビの泉にコインを投げ、ジェラートを広場で食べて、真実の口に手を入れて映画のシーンを真似て手が無くなったふりをした。

映画ローマの休日をなぞるように、スーツを着た俺と二人のオードリーヘップバーンは、ただその時を楽しんだ。


翌日、冬の冷たい地中海の海の上に俺は居た。

S.L.C 200 Maiale(マイアーレ)の訓練の後、魚雷艇に乗り再び突撃をする訓練をした。

2人乗りなので、ペアを変えその日は日が暮れても訓練は終わることなく、早朝も訓練を行い、次の日のお昼にアレッシアの家に戻ってきた。

その後、22日までは高速魚雷とマイアーレの訓練が続いた。


21日の夜、アレッシアの兄であるLeonida(レオニダ)に連れられて娼館へと酒に酔ってつい、入ってしまった。

いや~、仕方ないよ。酒に酔っていたんだもの。

…という、どう考えても言い訳にしか聞こえない理由でレオニダが贔屓にしている宿に入った。


まあ、誰が良い相手なのかわからないのでレオニダに聞いてオススメされた相手を抱くことになったのだが…。

これが、外れでどうしようもなかった。

正面の写真は化粧などで化けられいて、補正もされたのだろう。

紹介されている年齢よりも明らかに二桁近く持っているというか詐欺レベルで、ぽっちゃりではなくふくよかで数時間後、なんとか延長を断り宿を出られた。

まだ、レオニダが終わっていなかったので娼館街の中心にある広場で待つことにした。

広場には、石碑があってラテン語で書かれていた。

どうやら、詩のようでタイトルは『娼婦の歌』とそのまんまの歌だった。


内容は以下の通りで…

『処女であるのならあなたは2つの選択肢がある。

処女を捨てた者は再び貞淑であることを良しとし、子を産む母になることだろう。

母にならず、処女を捨てた者は咎人になるか、物になるしかない。

娼婦の身となった者は、母になることもなく咎人になるのではない。

ただ、娼婦としてその生を全うするのみである。

されど、正しき方法で母になるのであれば私達は歓迎しよう。

そのために、子を成す神の作りし器官は残しておこう。

ただ、悪しき方法で子を持ち、人に要求するのであれば種の主共々屠る。

故に、娼婦は正しきものでなくてはならない。

母に二度と戻らぬと申すのであれば、器官を土に還えそう。

子をみだりやたらに増やすことはなかれ。

それは、ここに来る者共も同じであろう。

機械での虚しさよりも、人のぬくもりを求める人々よ。』


意味的には、むやみやたらに性を求めるなか、子を作るな!ということだろう。

どちらもかもしれないが…。

また、石碑の左には石のついた紐と真珠のネックレスを持つ男、反対側に水瓶と杖を持つ女の岩に掘られた彫刻があった。


喫煙所で、医療用葉巻を吸っているとようやくレオニダが帰ってきた。

なんていうか、気持ちよさそうというよりは苦しそうな感じだったが、嬢が外れだっことを彼に言うと、彼は明らかにしんどそうな反応をし、「神は童貞が嫌いだが、死神はビッチで童貞だろうがなんだろうと喰ってしまう。」とか、わけのわからないことを言い出したのでとりあえず家に帰ることにした。

家に帰ると、アレッシアがいて、すぐさま香りに気がついたようで、あえなく娼館に行ったことを白状した。

おそらく、あと何回かは行くのだと思う…たぶん。

今度は、当たりが引けるといいなと思っていると、部屋では3人娘が俺を待ち構えていた。


「…ただいま。」


何でだろうね、ステラに関しては真顔なのに怒っているのがわかるのは…。


「ご主人様…身体を洗ってから寝てくださいね。その香りは不快です。」

「主殿…致し方ないことでありますが、嫉妬してしまいます。」

「ふふふっ、とりあえずお風呂場に行きましょう。あなたの記憶共々綺麗にさせて頂きます。あらっ、嫌ですわね。衣類にも匂いが…これは落とすのに苦労いたします。ああ、ご主人様…ご主人様のにおいが着いた服がこんな安っぽいに穢されてなぜでしょう、脂(あぶら)のにおいでしょうか…人間特有のにおいですね。…なるほど、この匂いは加齢臭と累積した脂のにおいですね。行為前に身体を清めているとはこんな酷い匂いの娼婦にご主人様が…許さない、許せません…憎い。」


3人娘の反応はそれぞれというか、ミアのメンタルがかなりヤバい感じになってしまった。


「ああ、ご主人様!これでは、示しがつきません。早くシャワーを浴びに参りましょう。」

「いやっ…さっき、入ってきた。」

「汚れているので、お掃除させて頂きます!さあ、ご主人様!」

「わっ、わかったから…引っ張るなって!」

「いいから、行きますよ!」


かくして、脱衣所で服を脱いだ俺は浴室に入った。

アレッシアの家は、いくつかシャワーのみの浴室と、風呂というよりジャグジーのある浴室があり、俺がアレッシアに引っ張られて入ることになったのはジャグジーのある方の浴室だった。

ちなみに、トイレと浴室は珍しい方で分けられて造られている。

個人的には、かなりありがたい建物だと思っている。


「はぁ…。」っと、軽くため息をついて髪を洗っていると、ミアが裸で浴室に入ってきた。


「お邪魔します!」

「なんでっ!」

「お背中を流させて頂きます。」

「いやっ…何か胸を隠すというか…恥ずかしいというか…。」

「んっ?何か問題がおありですか?」

「…性的な問題が発生しつつあるのですが…命令だ、出ていけ…。」

「そんなぁ…ご主人様の意地悪…この格好で外に出て衆人の目で見られて来いだなんて将来有望なご主人様なのでしょう。感服いたします!」

「そんな、趣味はない!」

「では、お背中を洗いますね。」


プラスチックの椅子に座って居た俺の背中に彼女の胸が当たるのがわかった。

というよりも、押し当ているのが正しいだろう。

ミアは、一度胸を当ててから俺の髪について泡を流し、ボディソープを泡立て俺の体につけた。

前にある鏡の中には、俺とつなぎ目の無い綺麗な身体の彼女が居た。

柔らかな彼女の手が俺の背中を押し、そこに柔らかい泡が手で押しつぶされ感触として伝わる。


先程の店は、ソープランドではなく自分で身体を洗っていたのでなんていうか、こうして背中を洗って貰えるのは幸せな気がした。

なんていうか、久々に長くお風呂に入っていると感じていた。

そんなに、時間は経っていないのだろうが…。

このローマに来て、初めて入った風呂は大浴場だった。

マイアーレの訓練の後、真水で身体を洗い、焚き火でサウナの交代まで待ち、さらにその後に公衆の大浴場に行くのだ。

というのも、今の俺はかなり所属があやふやな状態で基本的に訓練に参加するが、暮らし自体はアレッシアの家で行うというか、半休暇状態なので気兼ねなくそうした行動をしている。


正直言って、かなりいい待遇だと思っている。

料理も美味しいし、家に居る時はいつでもシャワーや風呂に入れて、3人のメイドと話す。

これで、後は訓練が無ければいいのだが…そうも行かないのだろう。

それに、いずれ…この世界から還るのだから。

…還りたくないな。


さすがに、黙っているのが気恥ずかしくなったのでミアに話を振ることにした。


「なあ、ミア…。」

「なんですか、ご主人様?」

「その…やっぱり、裸でこういうことをするのはどうかと…。」

「ご主人様は、面白いことをおっしゃいますね。私の身体は人工細胞組織で覆われていますよ。」

「…いやっ、そうじゃなくて。」

「ご主人様は機械フェチなのですか?残念ながら機械部品の箇所は多くありません。その…切り開いて骨格を見せればよろしいのでしょうか?表面処理で色は白くあると思うのですが…。」


おそらく、本当のことだろう。

もし、やったら…。

たぶん、血の海だと思う。


「そんなことしなくていいよ。じゃあ、ミアは恥ずかしくないの?」

「何がですか?」

「自分の裸を見られるの?」

「…恥ずかしいですよ。でも、ご主人様が聞きたいことではございませんね。」

「恥ずかしくないの?」

「恥ずかしいですよ。でも、自分というと解答に困ってしまいます。私達は、機械でご主人様はご主人様、人は人。とうてい、人と機械は相いれることはありません。旧世代の暴走人工知能ではそのような自分という感情のようなものが可能性としてバグに含まれていたことも考えられますが、私達…制御可能な人工知能は人の感情の模倣をしているにすぎません。…ですが、ご主人様が聞きたい私自身の想いはご主人様以外の方に身体を晒すことを恥ずかしいと思っています。けれど…私のこの想いはどう定義されているのでしょう、ご主人様?」


ミアは、不安そうな表情を浮かべた。

俺は、その鏡の中の彼女に「その答えは知ってるけど、教えない。」と答えると彼女は俺に抱きついてきた。

その後、身体を洗い、風呂に入ってから部屋へと戻った。

ミアには、体の隅々まで洗われたせいで少々、ステラと紅を待たせてしまった。


ロボットに感情や想いがあるかなんて、俺にはわからない。

だけど、人の感情や想いはどうだろう?

本当に、その人に感情と想いはあるのだろうか?

自分以外が全員、有機体で作られている生繫殖可能なロボットだったら?

ただ、俺は彼女には感情や想いがあると信じたいと思っていた。

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