第91話 地球内部からの脱出

LLF所属 Backdoor


ついに、田中が入間基地へと戻る日になった。

あの太陽ともお別れかと少し寂しくなった。

空洞説の中の世界というのもなかなか面白いもので同じ様な時間に雨が降ってはやんで、時計のように天気が変わり、過ごしやすい日々を送ることができた。

帰りも、行きと同じ様に潜水艦に乗り北海道まで帰り、そこからフランスにある入間基地に戻る。


来た時とさほど荷物にも変化はなく、お土産物なしだ。

ただ、土産話の方は多くある。

第六世代戦闘機の他に、様々なコンセプトの小火器や陸海空の新型兵器郡などはもちろん、様々な分野での現行のものよりも遥かに優れた最新技術と共に倫理的にダメだとされているものの実験結果などを知りえることができた。


潜水艦に乗り込む前に、ジュールは田中に話しかけた。

彼とは、ここでお別れで感謝の言葉も述べ終わっていた。


「では、田中(たなか)司令…お気をつけて…。」

「ありがとうございました…ジュールさん。大変貴重な物をありがとうございます。」

「どうぞ、一部ですが有効にお使いくださいませ。この世界から持っていけるデータでありますので…。」

「はい、むやみに使用したりはしません。」

「ええ、その方がいいでしょう…あなたのそのデータの他に長篠(ながしの)少年があなたに届けてくれますよ…。」

「何のデータですか?」

「楽しみにしていてください、とても有意義なものです。話した通り、これからあなたは世界大戦の波に飲まれることでしょう。それも…2度も…。」

「第一次世界大戦、第二次世界大戦がこの世界でも起こると?」

「いえっ…この世界では史実の二度の大戦は起きることが物理的にありません。ただ、大規模な戦争は起きます。」

「…もっと教えてはくれませぬか?この世界のことも、LLFの方々のことも…。」

「あなたが全てを知ったとき、敵はあなたから全てを知ってしまいます。ここであなたに話した2038式歩兵小銃、斬雷のことはあなたに教えることができるのですが…あなた方を元の世界に還すためには話せないことがあるのです。」

「…その答えはこの鞄の中にあるのですか?」


田中は、彼からもらった銀色のアタッシュケースを持ち上げて見せた。

中には、項目別に分かれたドライブが入っており合計で約1905YB(ヨタバイト)ほどのデータがあると言われた。

しかし、このデータの多くは第一ドライブ内にある量子コンピュータの設計データから量子コンピュータを完成させ、読み取る必要があると言われた。


「いいえ、その中にはありません。」

「では、私はあなたが私に言えなかったことを知ることができますか?」

「私達は来るべき日に、あなたがそれを知るようにしていくだけですよ…ひらめきも含めてね。」


ジュールはそう言って、笑ったが、田中はあまり釈然としなかった。

何より武器のデータを貰うというのはどれほどのことなのか、田中は身に染みてわかっていたからだ。


兵器はライセンス生産するよりも、自分で作れてしまえば安く済むからだ。

ましてや、最新鋭兵器となればどの国も欲しがるに違いないだろう…また、この箱の中にあるデータを独占すれば膨大な金銭を手にすることができるのは明らかだった。

ただ、気分的には浦島太郎のような感じではある。

なぜなら、本当にこの中にデータがあるのかはわからないからだ。

魚のダンスの代わりに最新兵器の展示が行われ、箱を開けたらおじいさんになってしまうという不幸の箱かもしれなかった。

また、これがLLFという組織のテストかもしれなかった。

とはいえ、鍵穴の無いこの箱はすぐに開くことができてしまう。

爆弾ということはないだろうが、スパイ映画のようにデータが消えてしまうことも考えられた。


「田中司令、出港しますのでお乗りください。」


そう、少女のネモ艦長…ネモちゃんが私を呼んだ。


「では…さようなら、田中さん。」

「ジュールさん…帰りは彼女が?」

「男の方が良かったでしょうか?」

「いいえ、そういうわけでは…男のネモ艦長の方は?」

「あの娘ですよ?」

「…えぇ?」

「ネモはあの娘、一人だけにしました。」

「…やはり、にわかには信じられませんね…あなた方は…一体何者なんでしょうか?」

「私は、創作家の一人にすぎませんよ。あの娘は…あなたがネモちゃんって、呼んでいた誰もない娘ですから…。」

「…お恥ずかしい限りで。」

「いえっ…あの娘も嬉しそうなので…。」

「彼女は…生きているのですか?」

「生きていませんよ、私の作品の中の人物なので…。」

「でも、嬉しそうって…。」

「作品の中のキャラクターには表情はあるのですが、人と同じ心や魂はありません。私にかかればどんな奇妙なことでも行動させることができますからね。…ですが、今は人を模倣していると…そう思います。」

「あなたの能力なのに…ですか?」

「変な話ですが、キャラクターとは時に作者の意思に反して自分で行動することがあるらしいです。」

「私には皆目見当もつかない話ですが…なぜ、そのようなことに?」

「一説には、そのキャラクターの設定した要素からそのキャラクターがある状況に置かれた時、そのキャラクターがどのような行動を起こすのか脳は予測しているらしいですね。」

「つまり、無意識に感情移入しているか…あの人だったらこんなことしそうだよねって、言うのがあると?」

「ええ、そうです…。たまに、わからなくなる時があるんですよ。このキャラクターは生きているんじゃないかって…。その度に容姿と性格を変えて…自分の能力だと再認識しているんです…。」

「そうなんですか…不思議なものですね。」

「はい、だから今回…生きているあなたに会えたことは私にとっても良いことでした。」


ジュールは、そういうと満足そうな表情で微笑んだ。


「ジュールさん…私は生きているのでしょうか?」

「ええ、生きていますとも…。」

「では、私と死んでいるあなたとの違いは一体なんでしょうか?」

「…確かに現時点では違いがないように感じられているでしょう。…大きな違いは私達が還るのは元の世界の死後の世界で、あなたが還るのは元の世界です。」

「それでは、生と死しか違いがありません。」

「生と死は大きく違うものですよ、私は直接元の世界になんら働きかけることはもうできません。しかし、あなた達は生きてことを成すという可能性を持っています。この世界で生きるという可能性は呪いのようなものであるのに対して、あなた達の可能性というものはこの世界ではなく、元の世界において意味がある行為となるのです。」

「…禅問答のような答えと言いますか、私は元の世界に帰らなければならないのですね。」

「ええ、もちろん…この世界では私達とあなた達は異物でしかありません。元の世界に帰る…つまり、魂があるべき世界に還るということがこの世界を終わらせるために必要なことなのです。」

「…この世界は何のためにあるのですか?」

「それも、来るべき時に話します。」


ジュールとの会話の中で、こうしてはぐらかされることはしばしあった。

来るべき時は、もうすぐなのか…それとも、もっと後なのかわからずじまいだった。

きっと、言うべきことではないのだろう。


この世界には、入間基地に居た人々…生きている者と、他の世界ですでに死んでいた人々…死んでいる者、そして、この世界に最初から存在している人類が居ると、私は考えている。

そのため、彼の話によると生きている者と死んでいる者の両者はこの世界において異物だと言える。


「では、ジュールさん…また、会いましょう!」

「ええ…もちろん。」


私はそう言うと船に乗り込んだ。

ジュールは、私と会うのがこれで最後というように返事をしたが、私は彼が悲観的な言い方をしているのではないかと思った。

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