第86話 誰でもない、あなたと…
LLF所属 Backdoor
「艦長、無事に入港しました。」
「了解…では、彼を連れて来る。」
ネモ艦長は、通路を通り入間基地の司令官である田中(たなか)昌隆(まさたか)空将補を呼びに言った。
彼の予想通り、寝ていたので起こすことにした。
時間間隔がズレると困るので、彼はこの7日間ほとんど同じ時間に同じ様な行動をしていた。
少し、面白みが無いようにも思えるが長期航海では大事なことである。
だがネモ艦長は寝ることがないのだ。
なので、不審がられ無いように寝たふりをしていた。
「田中司令、着きました。」
「…ネモ艦長か。」
「はい、外の空気を吸って見てください。」
「港に着いたんですか?」
「ええ、着きましたとも…。」
そうして私は、潜水艦ノーチラスの外に出た。
そこは、かなり特殊な場所だった。
何が特殊だと言うと、SF作品で見られるコロニーのように中心に太陽のような光を放つものがあり、それがカバーのようなもので覆われ夜を作っていた。
また、自分の斜め上の方に木々が円の弧に沿うように生えている。
「ネモ艦長…ここは?」
「ようこそ、地底旅行(Voyage au centre de la terre)へ。」
「…それじゃあ、ここは。」
「ええ、地球空洞説の世界です。」
「…ネモ艦長、もう驚きはしませんがこれは何と言いますか重力がおかしいと思えざるを得ません。」
「私と同じくここも改変されているだけですよ。基にしているのはLeonhard Euler(レオンハルト・オイラー)のモデルから重力を中心部から外側に向けて働かせています。ここの名称は神秘の島(L'Île mystérieuse)です。」
「確か…それは、あなたに取って縁起の良くない話なのでは?」
「それは、ネモ船長ですよ。私は、彼でもあるし彼は私でもある。」
「…辛くは、無いのですか?」
「あなたは面白い人だ。そうですね、私の見え方は人によって様々です。常に怒って至りだとか、はたまたそうではないのか…。私は、悲しい存在なのですよ。作家にとってキャラクターはその場、その場を演じる俳優です。なので、心を持つことはありません。時に、日本人という方々は物に感情移入することがあります。…私は、ただの演者です。あなたには、生きているように見えても情報の集合体でしかない。ネモは、誰でもないと言いましたがそうではありません。唯一無二の自分、つまり誰でもない人になれるはずです。…ですが、それは人にしか出来ません。なので、私は自分自身の存在を自分で決めることができないのです。」
「…それで、どうなんですか?誰でもない、あなたは?」
「卑怯ですよ、その返し方は…あなたをお待ちになっている方々が居るので行きましょう。」
そういうと、ネモ艦長は歩いて行った。
私も彼の後を追った。
港から、ほど近く…丘というかどうか少し高さのある所に来た。
建物自体は特に歪んでいるとか、そういうのは無かった。
通常の地表と同じ様に、距離が長くなると歪んで行くのだろうが…そう考えるとやはりこの地球の中にある地球というものはとんでもなく大きな世界だということがわかる。
ややこしい言い方になるが、この地面の表面積と地表の表面積を比べた時…当たり前だがこちらの表面積が小さいのだが、中心部の空は確かに見えていた。
彼に、豪邸のようなこの建物に案内されると書斎のような部屋に案内された。
ノートパソコンだろうか?
それと、様々な本や大量の書類があり、シュレッダーのような機械もあった。
ネモ艦長は、椅子に座り作業している男に声をかけた。
誰なのかは言うまでもなく、彼だった。
「ジュールさん、お連れしました。」
「ありがとう、船長。ここからは、私の仕事だ。君は船に戻って彼の荷物を取って来てくれ…。」
「はい、それでは…田中司令。また、お会いしましょう。」
ネモ艦長は、そう言って部屋を出て行った。
「初めまして、田中昌隆さん。私は…そう、Jules Verne(ジュール・ヴェルヌ)だ。」
「ええ、初めまして…。」
「緊張することはないですよ。もう死んでますし…。ようこそ、バックドアへ。」
「バックドア…ですか?」
「あなたが道中で見てきた映画から、そう名付けてもいいと思いましてね。」
「はあ…そうですか…しかし、あなたとは初めて会ったはずであなたは潜水艦の中には居なかったはずですが…。」
「ノーチラスは私の船ですよ。作者にとって自分の作品を改変したり覗くのは容易なことです。…いえっ、本当は大変でしたよ。あなたをずっと見ていなければならなかった。」
彼は、そういうとやれやれと言ったジェスチャーをした。
「そうでしたか…あなたもやはり能力を?」
「はい、それがこの能力です。物語を作るというよりは結界と言った方がわかりやすいでしょう。私は、この結界の中でなら人や物…とはいえ、『命』を持った物は作れませんが色々と出来ますよ。」
「それは、凄い能力ですね。」
「ええ、ですが…完全な物ではないでしょう。」
「ネモ艦長のような人を作れるのに…ですか?」
「ふふっ、彼を気に入りましたか?もしよろしければ、少女の姿にも出来ますが?」
「いえっ、彼がいいです。…魅力的な提案でしたけど。」
「では、2人にしましょう。」
「ええっ!」
彼は、何か文字を宙に書くとそこに何やら光が広がり、少女が現れた。
「…ジュールさん?」
「…。」
私は、驚きのあまり固まってしまった。
当の本人はというと何やら乗り気だった。
「う~ん、そうだな。」
「どうされましたか…。」
「田中さん、こういうのはどうです?ネモは私のことを呼び続けて…。」
私は、少し頭が痛くなって来たような気がした。
「ジュールさま?」
「お兄ちゃん?」
「兄貴?」
「ご主人様?」
「お館様?」
「主様?」
「旦那様?」
「…そこまで、田中さん。どれがいいでしょうか?」
「…お父さん?」
私は、ひょっとしたら日本人はかなり誤解されているのではと思った。
旦那様もありと言えばありな気もしたが…。
ここは、落ち着いて…。
「元のままで…。」
「そうですか…、それじゃあ、ネモ。君は…そうだね、先に研究室に行っててくれ。」
「はい、ジュールさん。」
彼女は、そのまま彼と同じ様に部屋を出て行った。
「さて、では…朝食にしましょうか。」
「はい…。」
私は、彼と朝食を取り、研究室に向かった。
研究室までは、電車のような物に乗りその近くの駅のような場所で降りた。
電車はどちらかと言うとモノレールに近く、リニアモーターカーのような機構だと思われた。
研究室…というより大きなビルに案内された私は、建物の看板を見た。
ここにも、LLFという文字があった。
「さあ、着きましたよ。ようこそ、先端技術研究所へ。」
「…先端技術ですか?」
「はい、LLFが開発、研究している全ての兵器や技術の言わば総本山ですね。この世界の人類に秘匿しておかなくてはならないものなのでここに作られました。ですが、ここに全ての情報があるわけではありません。」
「…他にも研究所があるということですか?」
「はい、そうですよ…けど、私達があなたを案内できるのはこの施設のみです。」
「そうですか…ところで、ジュールさん。」
「はい、どうしましたか?」
「LLFとは何でしょうか…。」
「ああ、説明がまだでしたね…そういえば…。LLFは英語でLives Liberation Forceの略称です。日本語だと、生命解放軍ですね。ピョートル、山本、そして、ボナパルト他…多くの人々が生命の解放のため…あなた方をこの世界から元の世界に戻すために活動している組織です。」
「なるほど…。」
確かに他の隊員や民間人の動向を追跡し続けるにはそのような組織ができていても、当然だろう。
だが、順序がおかしい。
なぜ、私達がこの世界に来る前からLLFは存在していたのか?
田中は、そう疑問に思った。
「…ですが、そうだとしたら…なぜ、あなた方はすぐに元の世界に帰られなかったのですか?」
「いい質問ですね。」
田中の質問に、ジュールはそう答えた。
「確かに、元の世界に帰れるのならこの世界にLLFは存在する必要はありません。」
「そうですよね…。」
「帰れないんですよ、私達は…。」
「そんな…。」
「あっ、いえっ…違います。すいません、私達というのはあなた方のこともということではありません。LLFでは、区別する為に私達を他の世界から来たという意味で使います。まあ、変な話ですがあなた方がこの世界に来る前から使用していた言葉です。あなた方は、帰れます。…その方法を私は知っていますので…ご安心ください。」
「そうですか…驚きましたよ。急にそんなこと言われましたので…。」
「すいませんね、これは生命というのも同じなんですよ。」
「…というと。」
「ああ、いえっ…意味の方ですね。私は、あなたと同じですが少し事情が異ないます。…立ち話もなんなので…中に入りましょう。」
「あっ…はい。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます