第85話 休暇の始まり

人は変わった生き物だ。


常に何かを求めている。


だが、なぜ子を成すのだろうか?


それも、自分が貧しいのに…。


全ての子を幸せに健やかに育て、幸せにするには資源が必要だ。


だが、行為による快楽によるものか、それとも社会的な意義があるものか?


産んだ子らを殴り、暴言を吐き、子を産んだのを自分の罪と見つめる親が居る。


はたまた、子を望む親が居る。


しかし、子らは産まれることが強制されているかのように産前の世界で抗うすべは無い。


全ての子から子を成す力を奪い、現世にいる子を幸せにし、子が産まれることがなければどれだけ幸せなことだろうか…。


人が産まれることは良くないことであろう。


社会に嚙み殺され、人の犠牲とされる子が存在することはあってはならないが、現に存在している。


残念なことに産まれて来た子は、死を拒む。


子を産み続け、その子が不幸になることが良いものではないのが確かであるが、それを止める方法を人々は拒む。


こんなに、悲しいことはない。




ローマ帝国 Durrës(ドゥラス)海岸


「…おい、誰か来てくれ!」

「どうした?」

「怪我人だ!」

「…足が…それに、腕が…。」

「いいから、早く!」


マフィアにやられたのか、どこかで事故が?

周囲に人が集まり、彼は病院へと運ばれた。

彼の名は、長篠(ながしの)昇(のぼる)。

消失の魔女Sara(サラ)を倒した、日仏露連合の兵士だった。

そんな彼は、ローマ帝国のドゥラスという町に居た。

ローマ帝国は、モンゴル帝国の端のさらに西側の国である。

元居た世界の地中海周辺諸国、フランス、イングランド、ウェールズ、スペイン、ポルトガルの土地を持つ国だった。

昇が、サラに飛ばされ打ち上げられたのはアルバニアに当たるのドゥラスという、ビーチリゾートで有名な場所である。

昇の身体はすぐに、運び出され治療を受けることになった。


「…これは、酷いな。くっつくのかもわからない。」

「先生、どうしますか?他の病院に搬送します?」

「身元が不明なのもあるが…軍に連絡した方がいいだろう…。」

「わかりました、連絡してきます。」

「ああ、頼む…こいつは、果たして生きているのかどうか?」


そういうと、医者はメスで軽く彼の身体を傷つけた。

だが、その傷はすぐに治った。


「生物組織が機能している…やはり死んではいないのか…。」

「先生!」

「どうした?」

「軍が事情を聞きたいようです。」

「わかった…。」


昇には、意識がなかった。

だが、そう言うのはおかしかった。


彼の身体は軍に移管され、飛行兵用の人体組織再生用生物組織が彼の身体の代わりとなった。

ある程度、それまでに使用していた身体から治せたが相違点が1つ。

光彩の灰緑色だった。

ミスではなく、わざとである。


身体を乗り換えるのには、時間がかかった。

日に日に彼の姿の似てくる身体は不気味であり、白い人体組織再生用生物組織は剝がれ落ちていき、元の姿のようになった。

後は、彼が戻ってくるだけである。


昇が目を覚ますとそこは草原だった。

よく晴れていて、周りには木々がない。

どこを見渡しても人の姿は無かった。

どこかモンゴル帝国のようにも見えて、Arima(アリマ)達の声が聞こえて来るような気もした。

こんなに、天気がいい日はピクニックにちょうどいいだろう…。

だが、何で俺がここに居るのかわからなかった。

前にも、こんな場所に来たようなことがある。

確か…Dolmaar(ドルマー)と会った時だったけな…。


「ごきげんよう、昇さん!」

「…ドルマー?」


後ろを振り向くと、ドルマーが居た。

どこから来たのか見当もつかず、まるでその場に現れたようだった。

サラが送り込んだ兵士を見た、連合の兵士もこんな感じだったのだろう…。

とにかく、突然のことだった。


「気分はいかがでしょうか?」

「…悪くはないけど…ここはどこ?モンゴル帝国?」

「違いますよ、前と同じです。昇さんは、寝ているだけですよ。」

「…そうなんだ…でも、今…俺はどこに?」

「ローマ帝国の病院ですよ。」

「…ムガル帝国…じゃなくて?」

「はい、ローマ帝国です。」

「何でそんな所に?」

「昇さんが、手榴弾で相打ちを狙った際にサラはあなたを遠くへ飛ばしました。それが、あなたが目を覚ます場所です。」

「サラはどうなったの?」

「痛がっていましたよ。」

「そうか…あれっ、でも…何でドルマーは俺が彼女と戦ったことを知っているの?」

「…それは…秘密ですよ。」

「いやっ…でも…何で手榴弾を使ったことも知ってるの?」

「…ええっと…。」

「助けてくれても、良かったんじゃ…。」

「男なら泣き言は言わないでください!」

「…うぅ。」

「まったく…色々大変なんですよ。私も…。」

「ごめん…それは、わかってるけど…ローマか。」

「ネロさんが色々としてくれますよ。」

「ネロ?」

「はい、正確にはNero Claudius Caesar Augustus Germanicus(ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス)皇帝です。」

「確か…暴君だっけ?」

「そんな悪い人じゃありませんよ!」

「本当に?」

「たぶん、あなたには優しくてくれますよ。」

「…不安なんだけど。」

「あんまり長く話すのもあれですので、これでさよならです。」

「えっ…もう行くの?」

「そうですね、あなたもすぐに目が覚めますよ。起こしにきましたので…。」

「はぁ…。」

「あっ、そうそう…目が覚めても怒らないでくださいね。」

「どうして?」

「違和感を感じますので?」

「わかった…。」

「それでは、さようなら!」

「…待って。」

「生命に解放あれ!」


悪夢から覚めたように辺りを見回すと、そこはどこかの病院で自分の左側には窓があって公園か、この病院の中庭なのだろうか…緑の多い光景だった。

頭上には、蛍光灯があって、横のサイドテーブルには花の入った花瓶と箱があった。

紙とホッチキスの芯で作られたボール紙かなんかで出来た箱で開けて見るとそこには、桜から貰った懐中時計と、ソフィアから貰った『幸運の印』があった。

香水は、おそらく見つからなかったのだろう…。

懐中時計は機嫌よく動いていて、幸運の印はここにあった。

ドルマーが言っていたように切られたはずの左腕が元に戻っていた。

前と同じように身体を移し替えたのか、それとも、杏樹みたいに再生していったのかわからなかった。

しばらく、寝ていたようなので身体を動かそうとしたとき病室のドアが開かれた。

一人部屋なので、他の患者は居ないので看護師が見回りに来たのだと思った。

だが、なぜかこの部屋に来たのは軍人のようだった。


「あれっ、目覚めましたか?」


彼女は、そう言った。


「…部屋をお間違えでは?」

「いいえ、ここで合っています。初めまして、長篠昇さん。Alessia(アレッシア)・Marino(マリーノ)と申します。」

「えっと、初めまして…。」


彼女は茶色…亜麻色の髪の乙女と言ったところだろうか…。

目は、ブラウン系の色で顔立ちはいかにも海外の人と言った感じで可愛かった。

たぶん、それだけ分かればいいと思う。


「初めまして、昇さん。どうですか、ご気分は?」

「あまり良くないかな…。」

「おやっ、どうしてですか?」

「なんか身体が固くなってるみたいで…。」

「ふ~ん、元気そうで何よりです。」

「えっ?」

「いえ、私は気にしていませんので…。ティッシュが必要ですか?」

「ん?」

「…どうしたんですか?要るんですか、要らないんですか?」

「いやっ…なんか勘違いしてない?」

「…そうですか?溜まってるんじゃないですか?」

「やっぱりか…マッサージしてくれると助かるんだけど…。」


どうやら、まあ…要するに男の生理現象だと勝手に解釈してしまったようで…。

誤解を解こうとマッサージを提案したのだが…。


「嫌ですよ!変態!スケベ!」

「…整体をお願いしているだけなんだけど。」

「信じられませんね。」

「…何で?」

「変なことされそうだからですよ!」

「…するわけないじゃん。」

「何ですか?喧嘩売ってるんですか?」

「…とりあえず、先生か看護師を読んできてもらえる?」

「わかりました。」


何故だか知らないが、その兵士は特にわだかまりもなく、医者を呼んできてくれて翌日も検査を受けた。

そして、信じられないことに俺は彼女の家族としばらくの間過ごすことになるのだがこの日はまだ知らなかった。

それこそ、このローマ帝国という物もだ。

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