第83話 ゴルゴタの丘作戦 下
ムガル帝国 Kasba Thana(カスバ・タナ)寺院
「まずは、自己紹介でもしましょう。…初めまして、お兄さん。Sara(サラ)です。」
「ああ、知っているよ。消失の魔女さん。」
「ええ、長篠(ながしの)昇(のぼる)お兄さん…それとも、お兄ちゃん?」
目の前の小さな彼女がそう私にささやく。
彼女の容姿はどこか違う世界のものに思えた。
彼女の赤い目は俺を見つめており、俺は彼女に向けて銃を撃とうとしている。
幼いとはいえ、10才くらいの容姿の彼女に銃を向ける少年というのは滑稽なものだろう。
しかも、本気で殺そうとしているとは…。
庇護欲を抱いて誰かが助けに来てくれるかもしない…そんな『守らなくてはならない子供』…そういう象徴のような彼女に弾を撃ちこむのは非情だと言うだろう。
ロリコンならなおさらだ。
ただ、彼女には魔女というレッテルが貼られている。
だから、彼女を俺と小隊…ましてや、軍全体が彼女の死を求めている。
「お兄さんがいいかな…。でも、君は年上だろ?」
「うん、そうだよ…お兄さん。私ってかわいいでしょ?」
そんなあざとさ満載の笑顔を俺に向ける。
しかも、先ほど俺の上腕部を刺したナイフを右左に持ち替えながら…。
おそらく、あれはジャマダハルという武器だろう。
ジャマダハルとは両刃の短いナイフだ。
刀でどうにか…さばけるだろう…。
たぶん…。
ゆっくりと後ずさるように彼女の服装と武装を確認する。
「そうだね…かわいいよ。でも…なんていうかちょっと危ない服装かな。」
「…お兄さんのえっち!」
何故か恥ずかしそうにそう言ってきた。
まるで、訳がわからない。
彼女は白い薄ぺっらいドレスを身に纏い腰には、チャクラムとバグ・ナクを装備していた。
チャクラムは丸い輪っかの武器で、バグ・ナクは殴り合いの時に使う武器だ。
古いカンフー映画の熊の爪のようなもので、この手の武器は多く存在している。
彼女の白いドレスには金色の装飾があしらわれており、武器も金色の装飾だった。
さながら、縁起の良さそうな服装で彼女の肌をドレスは際立たせ、髪の色と相まって全体的に統一感のあるものだった。
かくいう俺は、緑色の服1色という地味さだ。
「あはは…葉巻吸ってもいい?」
「ええ~、嫌だって言ったら?」
「もう…遅い…。」
痛み止めにもならないが、傷口が塞がらない左腕を憎々しく思いながら左手に葉巻を持たせナイフで切り、ライターで火をつけたあとライターを捨てた。
そして、腰のポーチにあるモルヒネを取り出し少量を注射する。
「それで、何を話したいんだ?」
モルヒネを床に投げ捨て針が折れるように踏んだ、さらに葉巻も一息吸ってから捨てた。
この行為には、特に意味がなかった。
ライターオイルでの攻撃は移動されれば意味がなく、何よりライターを破損させる必要があった。
葉巻も特に意味がない。
まだ、火がついたままだ。
今は、残りの武器で彼女を倒す方法を考えなければならない。
「う~ん、そうですね。お兄さんは私のこと嫌いですか?」
「いや、別になんとも思ってないよ。」
「そうですか?…なら、私のこと恐れています?」
「若干そうかな…。」
「なんですか、その答えは?適性検査か何かですか?」
「今は、君を殴りたい。」
「むぅ…。」
そう、彼女は言うと彼女の手はチャクラムに伸びており俺はすぐさま銃を構え、投げつけられた5本のチャクラムを左に水平に移動しながら迎撃するつもりで弾を放った。
わざわざ、3本目と5本目を若干ずらすように放って来ており、弾は2本の1つだけに当たった。
引き金を引きながら、左足を軸に時計回りに銃を振り回した。
約270°ほど回転したとき彼女に銃が当たる感覚がなかった。
だが、先ほどの傷跡に新たに痛みが加わっていた。
彼女が両手でジャマダハルを押し込んでいたのである。
すかさず、右手をM1903から離し、そのまま拳銃を左肩に向けて放つ。
しかし、彼女に弾が当たることはなく…すでに、俺の正面約5メートルの位置に転移しており続けざまに残りの弾を撃ち込むが彼女は銃口から弾丸の軌道を読んだのだろう。
身体を屈め、急制動を繰り返し…全て避けられてしまった。
「不意打ちとか、卑怯じゃない?」
「お兄さんが悪いんですよ!お兄さんが!だって、出会ってすぐに銃撃してくるから!」
「いつの話だよ…。」
「むぅ…。」
「不機嫌な顔しても無駄だぞ…というか、そろそろ帰っていいか?」
「ダメです…お兄さんはもっと私を楽しませてください。」
「うるさい、ババア!」
「なんっ…お兄さん…ひどいよ…お兄さん…。」
確実に地雷を踏みつけた気がして内心かなり焦っていた。
話している間にジャマダハルを二の腕から抜きM1903を捨て、M1911のリロードをし、ショットガンの紐を切り、手に持った。
「いやっ…だって…サラちゃん…年が…。」
「ひどいよ…ひどいよ…ひどいよ…なんで、なんで、なんで?…そんなこと言うの?ひどいよ…かなしいよ…つらいよ…わたし、お兄さんに嫌われることした?痛かった?…わたし、お兄さんと話せるのを楽しみにしていたのに…。」
「少なくとも、カチューシャとかと同じくらいの年だよね?」
「…お兄さん?」
よほど落ち込んだのか下を向き話していたサラが、こちらを見た瞬間に俺は左手の拳銃を発砲した。
しかし、サラは転位して間合いを詰め、下から掬い上げるようにのように後ろに少し飛んだ俺の胸の防弾チョッキをバグ・ナクの爪は深く切りつけていた。
爪は防弾チョッキを斬り破り、先端は下着のシャツまで切りつけていた。
すぐさま、彼女の頭を弾倉の底で叩きつけると当たり、そのまま右足で蹴り上げ前に彼女は距離を取った。
当たるはずも無いのに、拳銃を撃ち続け弾が切れた。
すかさず、右わきにショットガンを挟み、再装填する。
残っているのは、手榴弾が2つと今持っている銃…それとナイフと刀のみだ。
ライフルグレネードも、ライフルもサブマシンガンモドキもない。
拳銃をホルスターに戻し、防弾チョッキを脱ぎ捨てた。
「痛いよ…お兄さん…。」
「お兄ちゃんはもっと痛いぞ…。」
「クソダサいよ!」
かなり現代風の話し方をしているなと思うが、どうでもよくなってきた。
なぜなら、無理やりジャマダハルを抜いたとき止血してなかったからだ。
だが、どうやら彼女にダメージを与えられることが分かった。
あとは、ちょっとした運があれば勝てると思った。
「妹に暴力を振るうとか、お兄さんとしてどうなの?」
「…妹?」
「そうだよ…妹だよ!」
「…はあ。」
「それじゃあ…お兄さん…妹の為に死んでくれる?」
おそらく、魔法を使うための時間稼ぎだと思った。
どうやら転位は連続して使えないのかもしれない。
両手にバグ・ナクを装備した彼女は最後の一言を言い終わる前にこちらに攻撃を仕掛けた。
そして、俺は先ほどとは逆回転…つまり、右足を軸にしてショットガンをラピッドファイアと呼ばれる高速発射を行った。
「…なっ。」
そして、そのうちの放った散弾の弾が彼女の腹にぶつかり小さな銃弾の後から血が流れる。
発射の衝撃で身体が痛いが自分の左側に居た彼女に、ショットガンを投げ捨てそのまま右手でガバメントを握り弾を放ち、左手は腰の刀を宙にそのままの向きで飛ばし手のひらを返して刀で彼女の首を斬った。
だが、刺さってはいるが即死はしなかった。
「痛いよ…お兄ちゃん…。」
そう彼女は腰と腹に右、左と深々とバグ・ナクの爪を刺していた。
気が滅入るような痛みに襲われ、パンをこねるように手を彼女は動かしていた。
「貴様…。」
「…左腕…貰うね。」
「なっ…ああっ!」
彼女に刺さっていた刀は俺の左腕ごと転位されていた。
俺は、M1911を離し、腰の後ろにある2つの手榴弾のピンを抜きレバーを弾き…彼女を殴った。
だが、手を離そうとはしなかった。
「痛いよ…お兄ちゃん…。」
「そうか…?」
「うん…とっても…。」
「それじゃあ…一緒に死のうか…。」
「…お兄ちゃん…冗談は…。」
とっさに身体を捻り彼女を手榴弾に近づけ…そして、手榴弾は爆発した。
身体を捻ったことで余計に傷口が開いたのは言うまでもなく、手榴弾の破片が俺と彼女を襲った。
めまいがしたのか、白い光に包まれるように何も見えなくなる。
死んだのかな…。
そう思った。
このあと、どうなったのかは俺にはわからなかった。
「この中だ。」
「扉を壊せ!」
「よしっ、いけええ!」
「…これは。」
寺の中は悲惨な光景だった。
血と内臓が散らばり、人のような物体が残っていた。
「伍長!」
「どうした?」
「これを見てください…。」
「ん?少女の遺体か?」
「…はい、ですが身体がだいぶ破損していますが…ここにあるのはおかしくはないでしょうか?」
「無理心中かもしない。」
「伍長!」
「なんだ、今度は?」
「長篠(ながしの)軍曹のものと見られる刀があります。」
「本当か?」
「はい、おそらく…そうだと思われます…。」
「…他にはないか?」
「伍長、これはおそらく軍曹の足だと思います。」
そう、兵士は千切れた足を伍長に見せた。
「…明かりを頼む。」
「はい、伍長…。」
伍長は、少女の遺体を確認することにした。
暗くてよくわからなかったが…少女は白色の髪のようだとわかった。
「…どうしました?」
「彼女は、おそらく…いやっ、サラで間違いない。」
「では…軍曹は?」
「見たところ、相打ちかもしれない…遺体は回収する。急いで、司令部にこのことを!」
「はい!」
「…。」
伍長は、その場で敬礼をしすぐに、来た道を戻って行った。
作戦は成功したが、損害は大きく日仏露連合陸軍第31歩兵師団第4連隊の損耗率は約45%だった。
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