第82話 ゴルゴタの丘作戦 中

ムガル帝国 Tentai(テンタイ)近辺


午後5時

「第3小隊の長篠(ながしの)昇(のぼる)軍曹だ。中隊長は居るか?」

「はい、中に居ます。」

「今、何している?」

「中で、仕事をしていると思われます。」

「そうか、引き続き頑張ってくれ。」

「はっ!」


中隊司令部のテントの前に居た兵士に声をかけて中に入った。

中隊長は、地図を見ながら頭を悩ませていたようだった。


「中隊長、第3小隊の長篠です。」

「んっ…ああ、どうした?」

「明日の作戦の成功を祈って、ウイスキーを持って来ました。」

「そうか…。」

「グラスをお借りしますね。」


そう彼に言い、グラスにウイスキーを注ぐ。

氷を入れるようなグラスではなく、一口分しかない小さなグラスだった。

2杯注ぎ、中隊長に渡し、明日の勝利に乾杯と言ってグラスをお互いに叩いた。

水も混ぜずにストレートで甘くもないのどが焼けるような液体を身体に流し込んだ。

中隊長は、俺をよく見てから一気に飲み干した。

普通にお酒を飲むのはダメな年齢ではあるが、ジャンヌには飲むように言われていた。

これはあくまで、葉巻と同じように付き合い…交流としての飲酒と喫煙だった。

ジャンヌが言うには、相手がシンパシーを感じるとも、酒飲んでいれば向こうから絡まれるとかウォーカを3本飲まされてから説明されたが正直、あまり好きではない味だったので流して聞いていた。

普通にエナジードリンクの方が美味しい。

そもそも、いくら飲んでも酔わないのでただただまずい水を飲んでいるだけだ。

葉巻は、ただ嚙んでいるである。


「ウイスキーは、ここに置いておきますね。」

「ありがたく頂戴するよ。」

「作戦の予定時刻に変更はありますか、中隊長?」

「いいやっ、今のところその予定はない。」

「了解しました。それでは、これで…。」

「ああ、期待している。」


終始、地図を見つめていた中隊長を後にし小隊の待機場所へと戻った。

別に、どうこうするわけでもなく貰った馬を撫でていた。

この馬は、穏やかそうな性格ではあった。

時間があったので馬の耳に包帯を巻いてみたが大人しいままだった。

銃声を聞いたらどういうことになるかはわからないが、とりあえず塞いでおいた方がいいだろう。


午後10時

「軍曹…。」

「どうした?」

「司令部からの連絡によると敵の数、以前変化がないそうです。中隊もこのまま作戦を決行するとのことでした。」

「…了解。計画通り午前3時20分に攻撃を行う。…装備は整えたか?」

「はい、A分隊、B分隊共に整いました。」

「火炎瓶をすぐに投げられるようにしておけ。」

「はい…。」

「今日の天気はどうなると思う、伍長?」

「はい、この天気のまま作戦時間になると思われます。」

「そうか…。」


天気は曇りで今夜は満月だった。

まだ、厚い雲で覆われている為月明りは下に漏れてはいない。

もし晴れていたら敵はすぐに私達に気がつくだろう。

だから、このまま曇っていて欲しいと思っている。

よくある話として、砲弾や爆弾が爆発した跡には雨が降るらしい。

できれば、長く降る雨がいいだろう。

残りあと5時間、この場所で待っている。

その間に、晴れてしまったらどうすればいいのか…。

ただただそんなことを思っていた。




午後12時

少し眠った昇は、テントに吊るされてランプを見て少し安堵した。

桜から貰った懐中時計を見ると既に日をまたいでいた。

また、防弾チョッキを来て銃を纏い号令をかける。


「全員、起きてるか!」

「はっ!A分隊、B分隊全隊員起床しております。」

「ああ、それならいい。この後、いくらでも眠れるからな。おはよう、諸君。今日は、いい天気だ。まさに、攻撃にはうってつけの日だ。あと、2時間で作戦時間となる。今から、撤収作業にかかれ、その後装備品を確認する。以上、各自作業開始。」

「「はっ!」」


テキパキと兵士達がテントを片付けていく。

ものの数分で撤収作業はほとんど終わり、再び兵士を並ばせた。


「ごくろう、それでは装備を確認する。まず、君からだ。」

「はっ!」

「バックパックを見せてくれ。」

「はい…どうぞ!」

「…缶詰はいらないな。」

「はい。」

「みんな、食料を取り出してくれ。必要なのは水と弾薬だ。喰いたいのなら今すぐ喰え。煙草もだ。1時間やる。バックパックの中身が少ないのならポーチに入れてバックパックはここに捨てておけ…次…。」

「はい。」


次から次へと、手早く中身を確認して穴を掘らせそこに缶詰などの食料を要らなくなった袋に詰め埋めた。

そして、少しでもとばかりにバックパックを切り、テントの布を使い簡易的な防弾チョッキもどきを兵士に作らせた。

耐弾性は良くないかもしれないが、ないよりはましなようなものだった。

金属か何かを入れておきたいのだがあいにくそれに代わるものはなかった。

水を入れておくわけにもいかなかった。




午前1時

「全員、居るな?これより、移動を開始する。」


再び兵士を集めた俺は馬に乗り所定の場所に移動した。

山の斜面の近くに兵士を伏せさせ、俺は馬に乗りながら彼らより後ろにいた。

残りあと1時間を切り、付近にいる他の部隊の兵士もおそらく地面に身体をつけていることだろう。

雲はまだ厚い。

そして、山を超えた向こう側では敵の車両の音が聞こえていた。

おそらく、攻撃を開始したのだろう。

残念ながら、俺はそれをここで音を聞くことしかできない。

ここで、砲撃をしたら敵部隊の戦力を大きく削ぐことができるのかもしれない。

だが、そんな砲火力を有してはいなかった。

ただ、少女1人を倒すために砲兵は踏みとどまり時間になるのを待った。


「…軍曹、敵の部隊が移動を開始して本隊も転移したと思われます。…攻撃の指示をください。」

「大きな声を出すな。…申し訳ありません、小隊長。」

「あと少しだ…。号令をかけるから準備しておけ。」

「…了解。」


A分隊の兵士がそう声を上げた。

だが、待つしかなかった。

ここから、遠く離れた後方にある防衛線まで敵は進んでいることだろう。

夜間なので、飛行機は飛べないが地上戦力は多く投入されたことだろう。

勿論、対空兵器も持って…。

ここで、攻めるにしても防衛に当たるにしても大差はないのかもしれない。




午前3時

味方の砲撃が始まった。

ただ爆発音と空をかけてゆく砲弾の音を聞きながら待った。

およそ20分間に及ぶ砲撃でわざと敵に迎撃に向かわせる陽動作戦でもあった。

昇は、ほんの数秒遅れてから攻撃することにしていた。

砲兵が諦めずに最後の1発と発射するかもしれないと思ったからだ。


昇は、刀を抜き号令をかけた。


「総員、突撃!」


そして、第31歩兵師団第4連隊第2中隊は突撃を開始した。

昇は、すぐに刀を鞘に戻しM1886を片手に持ち馬と共に斜面を登り、駆け下りた。

砲撃は成功したようにも、失敗したようにも見えた。

ただ、その答えはすぐにわかる。


インド統治派と日仏露連合は挟撃を行った。

すでに、敵の部隊は戦地に送られる砲撃された後、すぐに攻めこまれた。

ただ、砲撃が終わったことですぐに復旧が始まりすぐに、敵の機関銃の音が聞こえてきた。

そして、発光弾が撃たれその光に兵士達は照らされた。


「…っは。」


馬が前足を大きく上げ、すかさず飛び降りた。

起き上がると、馬は被弾していた。

俺は、ただ何も言わずにその場を後にした。

前進を続け、池の近くまで来たとき掘られていた塹壕に潜りM1886の装填されていた10発を全て撃ち切り捨てた。

リー・エンフィールドに持ち替え部隊を呼んだ。


「グレネード用意、一斉に投げるぞ…今だ、投げろ!」


時折、迫撃砲の音が聞こえながら町の中に入った。

そして、サラを探す。

町に到達するまでに弾を消耗したため残っているのはM1911の弾、2弾倉と装填分、リー・エンフィールド20発、改造したM1903残り1弾倉分、M1897が5発…。

町中に入り、寺にたどり着くまでにリー・エンフィールドの弾薬は尽き地面に置いた。

部隊には、町の直前に散開するように言ったが…その後、すぐに誰かの悲鳴が聞こえので、その場で止まり悲鳴の聞こえた方をゆっくり見に行くとそこには身体が銃で貫かれた兵士が居た。身体の中から銃が生えているかのように身体に食い込んでおり声を出させる為なのか、わざわざ即死させなかったように思えた。

そして、ひとまずとばかりにヒンドゥー教と思われる寺院の中に入った。

砲撃で破壊されていないのを不思議に思いながら進むとそこには、彼女が居た。

褐色の肌に、白くも銀色にも見える髪と赤い目…それがろうそくの赤い光により幻想的に見えながらも何もなく片付いた殺風景な床と手間のかかった壁や天井のミスマッチ差が際立っていた。

そして、奥は行き止まりのはずなのに暗い闇が鎮座していた。

すかさず、後ろを向き入り口に足を運ぼうとすると先ほどなかったがれきが入り口をふさいでいた。


「…君がサラか?」

「だったら…どうします?」


無言で崩れ落ちるように素早く片膝をつき、M1903を全弾打ち込んだ。

しかし、彼女はおらず代わりに左腕が傷んだ。

彼女がナイフで俺の左腕を刺していた。


「くっ…。」


すぐさま、立ち上がり銃で殴ろうとすると彼女は最初の位置に戻っていた。


「少しくらい、お話がしたかったのに…。」

「何を話すんだ?」


そう言いながら、M1903のリロードを済ませる。

傷は比較的浅いが痛い。

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