第81話 ゴルゴタの丘作戦 上

ムガル帝国 kota(コーター)空軍基地


スーガトラルから約3時間。

昇(のぼる)はコーターの空軍基地に着いた。

まだ日が落ちるには早い時間帯だった。

軽くあくびをしてからドアが開かれたのを確認するとそのまま飛行機を降りた。

どうやら、兵士がこちらに向かって走ってきた。

何かあったのだろうか?


「長篠(ながしの)軍曹でありますか!」


そう若い…とはいえ、昇(のぼる)よりも年上だが汗をかきながら走ってきた。


「そうだが、何かあったんですか?」

「前線司令部が敵機に爆撃されました!」

「…そうか、指揮官は?」

「戦死なされました。」

「…了解した。後任の指揮官は決まったか?」

「…軍曹…あなた方しか指揮官は居ません。」

「えっ…。」




ムガル帝国 日仏露連合コーター司令部


司令部は確かに空爆されていた。

将軍たちは逃げようとしたようだが車の横に黒く焦げていた。

他のテントには機銃による穴ができていて、爆弾が落ちた場所には穴が開いていた。

飛行場から車で1時間と少しの間運ばれた昇は、その光景を目にしており兵士達が被害を免れた機材を運び出していた。

昇は、葉巻を咥え辺りを確認した。

まず、何より作戦の計画書がなければ話にならないからだ。

だが、司令部の書類は燃やされていた。

小さい穴を作り、そこに書類を入れてマッチを投げ込んでいた。

自分と同じようにあまりいい心地ではなかったようで紙煙草も投げ込んでいた。


「誰か作戦計画書を知らないか!」


そう司令部の通信機器を運ぼうとしている兵士達に聞いた。


「はい、それなら…Женя (ジェーニャ)軍曹が持っています。」

「彼は、どこに?」

「案内します!」


そう言った兵士に着いて行った。

俺は、テントはそのまま残しておけと叫び、彼に続いた。

しばらく移動した所に、ジェーニャ軍曹が居た。

同じ日仏露連合の兵士だった。


「ジェーニャ軍曹!」

「どうした?」

「この軍曹があなたをお探しに、作戦計画書についてお聞きしたいそうです。」

「了解、こっちだ。」


そういい、土が意図的にかけられたテントの中に入った。

中はテーブルとボート以外なく、設営されてすぐのようだった。


「初めまして、ジェーニャ軍曹。日仏露連合陸軍第28師団第12歩兵連隊第3歩兵中隊第3小隊C分隊から来ました長篠です。」

「ああ、よろしく…さて、軍曹来てくれたのはありがたいが作戦は既に失敗している。…さっきの爆撃で統治派の少将以下10名死亡、こっちは砲兵、歩兵の連隊長3名が死亡した。」

「…そんな。」

「ああ、第7砲撃師団第1、第2連隊と第31歩兵師団第4連隊の連隊長だ。…この計画書の戦力を担うはずだったんがな。」

「確認させてくれませんか?」

「これだ…もう意味があるのかはわからない。」


作戦計画書には、今回の作戦名は『On ne jette des pierres qu’à l’arbre chargé de fruits.』作戦、『ゴルゴタの丘』だった。

On ne jette des pierres qu’à l’arbre chargé de fruits.は、フランスのことわざで果実のなる木にだけ石を投げると訳せる。

つまり、日本にことわざの出る杭は打たれるにあたる。

今回の作戦に当てはめるとこの杭は消失の魔女…Sara(サラ)に当たる。

杭を能力を持つ彼女とするなら、俺は杭を打つ方。

しかし、ゴルゴタの丘とこのことわざ、彼女のことから推測すると作戦名の意味は、『彼女の身体に杭を打ち、石を投げつけ殺せ。』という意味かもしれない。

肝心の作戦はというと、2段階に分かれていた。

まず、砲兵部隊による砲撃による陽動を兼ねた攻撃、2段階目は歩兵、騎兵をはじめとし装甲部隊による突撃だった。

そして、何よりこの2段階目の歩兵と騎兵による突撃でサラを倒すことが重要とされていた。

これには日仏露連合陸軍第31歩兵師団第4連隊と統治派の歩兵師団と騎兵3連隊が担当することになっており、昇は第31歩兵師団第4連隊第2中隊第3小隊を率いることになっていた。

作戦計画書には、サラの人相書きが会った。

どう見ても可愛い…そう思えるのだが、彼女をどうしても討たねばならない。

写真は撮れなかったのかと思ったが、はっきりと彼女の顔を覚えた。

そして、もうすぐ東へ進軍しなければならないこともわかった。


「…他の中隊長からの連絡は?」

「連隊長の戦死の報告をしたが、このまま作戦を継続するとのことが私の部隊はもうすぐ出発する。」

「了解しました。…私もすぐに出発します。私の小隊はどこで待機していますか?」

「ああ、彼らならこの近くにいる。私の部下に案内させよう。おいっ、イーゴリ!」

「はい、軍曹!」

「彼を第4連隊第2中隊第3小隊まで案内してやれ。」

「了解、それでは…こちらへ。」

「指揮官も兵士も大勢死んでいる。派遣された兵力ももう残りわずかだ。…何か欲しい物はあるか軍曹。この司令部にある物は何でも持っていくといい。その方が私は助かる。」

「ありがとうございます。…でしたら、馬と刀を貰えないでしょうか?」

「いいでしょう、刀ならここに…第四連隊の連隊長の物ですがね。馬は前に繋いでありますので好きな馬をどうぞ…どっちも同じ色ですがね。」

「ありがとうございます。」

「象もラクダもありましたがね…。」

「では、軍曹…ご武運を。」

「ええ、期待しております。」


軍曹から貰った刀を腰に差し彼の部下について行った。

刀は、ストラップつきの太刀だった。

あまり詳しくはないが鎌倉時代くらいの刀みたいでそんなに悪くはない感じだった。


「ここです。」

「うむ。」

「総員起立!」

「休め。」

「はっ!」

「君がこの分隊の分隊長か?」

「そうであります!」

「すぐに、出発する用意したらテントの前に…以上。」

「はっ!」


形式的なものではあるが、昇は小隊の隊員を一人一人目を通してからB分隊も確認した。

その後、第2中隊長の元へ行き東へと進軍を開始した。

昇は、ジェーニャ軍曹から貰った馬に乗りながら道を歩いた。

Kasba Thana(カスバ・タナ)、攻撃は2日後の午前3時に決行される。

第31歩兵師団第4連隊はTentai(テンタイ)、つまり最前線での攻撃を命令されていた。

勿論、戦力はこれだけではなくデリー包囲の為のJaipur(ジャイプル)、Agra(アーグラ)も両側面からの攻撃を行ないデリーを包囲する。

だが、退路を断つためにはカスバ・タナの戦力を殲滅する必要があり日仏露連合は派遣した全部隊が前線に送り込まれ、統治派は敵の大規模進行に耐える為防衛陣地の拡大を行っていた。


そして、テンタイについた。

翌日の夕方頃である。

途中、休憩を取りながら川を渡りたどり着いた。

既に軽迫撃砲が偽装されていて昼間のうちに攻撃できそうだとも思った。

しかし、突撃するにはどちらにせよ不利な状況だった。

先行した部隊による偵察情報では塹壕が作られており有刺鉄線と水冷式機関銃が用意されている機関銃座が確認されたそうだった。

いっそのこと、空爆を頼みたいのだが敵の対空兵器郡も配置されていた。

兵装もあちらの方が高額だった。

先ほどの水冷式機関銃の他、遠目からLewis Gun(ルイス軽機関銃)も確認されていた。

一方、こちらは連合で使われているDP-28もなく、統治派が持っていたルイス軽機関銃がこの小隊に2丁のみだった。

とにかく兵器と弾が足りていなかった。

昇は、現代と同じような形のワイヤーカッターをとりあえず貰っておいた。


そして、お昼過ぎに小隊の隊員を集めた。


「規律!」


そう声を掛けると兵士は姿勢を正した。

昇は、そのまま言葉を続ける。


「知っての通り今回の作戦で私達は消失の魔女、サラを討つ。実に素晴らしいことであり、成功すれば勲章が与えれることだろう。しかし、失敗すれば私達は退路を失い、ここで死を迎える。幸運なことに私達に退路はない。この戦闘で勝機を逃せば私達は帰国することもできず。国の統一に成功した彼らがいつまでも追い続けて来ることだろう。ああ、ここは黄金の国だ。薬も食べ物も何でもある。象に鼻を叩きつけられようが、虎に噛まれようが暮らせるだろう。そこに居るインド人はもっと不幸だ。家族は石を投げつけられるか、石油をかけられるか、手足を鉈で切りつけらることだろう。私達は幸せだ、家族を未亡人にするだけで済む。私は、生者しか数えない。計算が楽だからな。貴様らは帰りたいか?」

「はい、軍曹!」

「貴様に答えは聞いてない!」

「答えるな、立っていろ。頭にどんな物が詰め込んでいるのか、知らないが…命令だけ聞いてろ!返事は?」

「「サー、イエッサー!」」

「ああ、そうだ。南の軍はかなり厳しいらしい。女房を部屋に閉じ込め言葉さえ書けないらしい。我々は幸せだな。何語でも話せる。貴様らのような股間にミミズを飼っている言葉でさえもな。頭の中までウジ虫共々仲良くやっているのだろう。どうだ、女が居たらどうする?小さな子供が居たらどうする二等兵?」

「自分はその場から離れるよう言います。」

「…ああ、何ということだろう。小隊は全滅だ。貴様のせいでな。いいか私は、女が嫌いだ。特に戦場で見かける女はな。裸にしても○○○を噛んでくる。興奮したか?残念ながら娼館は180キロメートル先だ!二等兵、貴様は服の中に隠された手榴弾に気がつかず。ナイフで刺され助けに来た伍長も巻き込んだ!全滅だ!どうすればいい?」

「はい…。」

「返事は聞いてない!貴様は脳死野郎か!ああ、さっき起きた彼なら素晴らしいだろう。方法を考えながら口に出さず黙っていた。貴様らが小児性愛者だろうが、犯りたがりのクソ野郎でも構わん。敵なら殺せ!決して止まるなら前進しろ。俺について来い。私達に退路はない!ただ前進する、それだけが私達に残された退路だ。構わず進め!以上、解散!」

「「はっ!」」


怖さは足りていたのだろうか…そう不安に思う。

少なくとも彼らと仲を深める時間はなかった。

だが、作戦の成功こそが自分に出来る方法だと思った。


「伍長?」

「はい、軍曹!」

「一杯だけなら酒は認める、煙草も吸えるだけ吸っておけと全員に伝えろ。」

「はっ!」


「二等兵?」

「はい、なんでしょうか!」

「抜くなら今のうちだぞ。」

「はっ!…えっ?」

「ふふっ…冗談だ。期待している。」

「はっ!」


これで、良かったと自分に言った。

あともう少しと割れないか心配していたウイスキーを手に取り中隊司令部に向かった。

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