第80話 Mr.Nobody.

日仏露連合 北海道南方海域


田中(たなか)昌隆(まさたか)は海上に居た。

戦艦、巡洋艦、駆逐艦それらに囲まれた空母艦隊のど真ん中。

正確には、新しく作られた呑龍型航空母艦の改良艦にあたる航空母艦水晶(すいしょう)という船だ。

呑龍型航空母艦よりも少しばかり大きくなっており、対空兵装も呑龍型よりさらに多くの機銃を装備していた。


田中は、部屋でコーヒーを飲んでいた。

そして、報告書に目を通し読み終わると別の報告書を読んだ。

報告者には、彼らがどこで何をしたかが書いてあり陸上自衛隊第1普通科大隊大隊長坂上(さかがみ)真司(しんじ)をはじめとする自衛隊員、報道関係者達、そして…彼のものだった。

未だ、死者は出ていない。

そして、『眠る者』が出ていないことが信じられないことだった。

あの日の会談の時、保証した生活というの精神の安定だった。

存在しない肉体である以上、精神の安定こそがすべてだということだった。

また、一年以上帰れないということも知っていたが話さなかった。


「…ふう。」


軽く息を吐く。

まさか、船に乗るとは思っていなかった。


「田中少将、お迎えに上がりました。お時間です。」

「ああ、わかった。…すぐに、行く。」


記者達は日仏露連合の新聞会社や軍官の報道機関で前の世界と変わらない仕事をしていた。

しかし、それは一部だけで多くは軍で訓練を受けモンゴル帝国やムガル帝国で活動していたり、連合の近海で船に乗っている。

隊員は、勿論軍に居るが研究所や民間の工場などに派遣されていたりもする。

今、入間基地は工事を終え、パイロットの訓練場所として使われている。


「待たせて済まない…それとこれを焼却処分してほしい。」

「わかりました。」


報告書の入った封筒を迎えに来た海軍の兵士に渡した。

そして、そのまま艦内を歩く。

水晶という、名前であるが艦内はアメリカの船と同じだった。

これには、一つ訳がある。

それは、元の世界に存在した船と同じ設計になっているからだ。

前に攻めてきたF6F(ヘルキャット)と同じで性能は前の世界よりも良いが他はおおよそ同じなのだ。

こうした技術をLLF(生命解放軍)は、管理しながら地位を確立し時代とともに開示してきたのだという。

この船のことは、山本(やまもと)五十六(いそろく)から私は聞いた。

だから、呑龍型航空母艦はヨークタウン級航空母艦、この水晶型航空母艦はエセックス級航空母艦の設計がそのまま採用されている。

まるで、戦争映画の中にいるようなそんな気分になっていた。


甲板に出て、そこからボートに乗り少し移動する。

しばらく、待っていると海中から構造物が出てきた。

潜水艦だった。

ソビエトが崩壊する前、米ソ冷戦時代の終末の申し子と言っても差し支えない船。

タイフーン級潜水艦だった。


「ようこそ、田中司令…LLF所属潜水艦ノーチラスへ。」

「あなたが、艦長ですか?」

「ええ、ネモと言います。では、出発しましょうか。…潜航開始!」

「潜航開始!」

「ダウン5度!」

「深度150メートルに保ちつつ予定の航路に進め…副館長指示を頼む。…では、私をつかみながらついてきてください。」


ボートを降りて、潜水艦に乗り込んですぐに、潜水艦は海に潜った。

ここから先のことを、田中は知らなかった。

連絡が来たのは1週間前、その2日後山本と話し合い、昨日の朝入間基地を離れ、空母水晶で夜を明かし…この船へとだいぶ長旅だったとは思う。

原潜に乗ることも知っていたが改めて乗り込むとなると閉塞感というより、洞窟に入ったような感じがしていた。

船を歩いて部屋に入り、革張りのソファに座った。


「さて、船の傾きはしばらく続きますがご容赦ください。」


そう、艦長であるネモは言った。


「いえっ…大丈夫です。」


間にテーブルを挟み、彼と対面する形で話を始める。


「初めまして、ネモ艦長。」

「ええ、初めまして田中司令。…長旅になりますが、本や映画は揃えてありますのでご安心ください。」

「そうですか…それはいいですね。聞きたいことがいくつかあるのですが良いでしょうか?」

「ええ、構いません。時間はたくさんあります。まあ…あなたにやってもらうこともいくつかありますが…。」

「わかりました。…しかし、こんな大きな潜水艦に乗るのは初めてでして…。」

「はい、大きな船ですよね。私はこれとは違う船で何海里も旅をしました…。」

「そううなんですか…何という船なんですか?」

「ノーチラス号と言います。」

「それはそれは…同じ名前の船ですかこの船もノーチラスという名前でしたね。」

「はい、種明かししますと私は人ではないんですよ。」

「…人ではないとは?」

「私は、あなたのように元の世界から来た人間でもピョートル様達のようなものではありません。ただの本に登場する人物です。」

「…じゃあ…あなたはJules(ジュール)・ Verne(ヴェルヌ)本人…いや、本なんですか?」

「惜しいですね。私は、彼の能力から成る物で本ではなく情報と行った方が正しいでしょう。もっとも、私はいくつか変えられていますけどね。」

「…。あなた方の話はいつも難解だ。私が居た世界の先人であるあなた方のことを私は知っているはずなのにわからないことばかりだ。とりわけ、こういう目を疑うような物を見るとね。」

「無理もありません。LLFは本来であれば数百年も前にはあなた方が来た世界と同じ文化レベルでの世界を構築できます。私は、SF(サイエンス・フィクション)と呼ばれる話の住人ですが技術の秘匿はやはり重要なものだと考えています。もっとも、私はノーチラス号が完成した後、その技術を放棄したとされています。」

「ええ、それは知っています。もっとも、あなたは寡黙な方だと思っていましたが…。」

「はい、そこが改変された部分です。本来あった設定から形をネモ…つまり、誰でもありません。ですが、誰かであるとも言えます。要素のどれかが1つでも同じであればその人物像は人によって別の見え方をする。…ここからは、私の親…本人から聞くのがいいでしょう。では、話を戻しまして…現在のこの世界の技術は概ね1930年代。第二次世界大戦のより少し前、そして、戦間期後期頃としています。いくつかの時代を進んだ技術を持つ国が存在していますが、多くは航空母艦を持たず前ドレッドノート級戦艦が現役であり、ながらも戦闘機が表れ始めた…そのくらいの時期です。ですが、文化においてはその通りではありません。液晶画面が店頭に並び、ホットパンツやビキニがファッション誌に登場し、あなたがよく知る昭和の時代が訪れ始める。」

「…では、技術はどこまで進むのですか?」

「あなた方の世界よりも先の技術が約束の最後の時の僅かな…それでも、あなた方を死に至らしめる可能性のある時間…矛となり襲い掛かるでしょう。」

「詩的な表現ですね。」

「いえっ…結局のところ、この世界の神は終末を制御できません。だからこそ、あなたと私達は、約束を果たすことで終末の失敗を阻止しなければなりません。」

「はい、それはわかっています。」

「ええ、では…私は艦橋に戻ります。7日ほどかかりますのでどうかよい一時を。」

「ネモ艦長、この船はどこに向かっているのですか?」

「ポイント・ネモ、そう呼ばれている海域があなたの世界にあります。宇宙に飛ばした機械が地球に帰る場所でもあります。私が魔法で出来た存在であるように私の作者はとある所へいく為の座標として開かれます。ここで、あなたにその場所を言ってもいいのですが私は言うことができません。…着いてからのお楽しみですね。」


「では、これで…。」っと言いネモ艦長は出て行った。

彼は去り際に折りたたまれた紙を置いて行った。

メモを見ると艦内の構造が書いてあった。


私は、それに従い用意された部屋に入り映画を見ることにした。

そこには、昔懐かしい物から新しい物まで多くのDVDディスクがあった。

また、詳細がよくわからないがHDDや、本も多くあった。

ノーチラス号にも、様々な本があったとされているのだがそのせいだろうか…。


「…これにしようか。」


私は、The Matrixという映画を見ることにした。

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