第61話 西安への道
モンゴル帝国 Цэцэрлэг(ツエツェルレグ市)
午後1時50分頃
「昇さん、お迎えにあがりました。」
Dolmaar(ドルマー)はそう言い家の中に入った。
リビングまで、進むと用意を終えた昇とTsueren(ツェレン)が居た。
昇は、予想していた通り寝不足だった。
「いらっしゃいませ、ドルマー様。」
「他のみんなは?」
「はい、Nina(ニーナ)とTanya(ターニャ)とToya(トヤー)の三人は寝ています。Arima(アリマ)とOyun(オユン)は外で洗濯をしていて、Sarana(サラーナ)姉さんは買い物に行きました。」
「そうですか…それじゃあ、昇さん行きましょう。」
「うん…それじゃあ、ツェレン行って来るね。」
「はい、お気をつけて!」
俺は、サラーナが用意してくれた荷物を持ちドルマーと一緒に家を出た。
日の光を眩しく感じた。
俺は、荷物をMittelschwererEinheits-Personenkraftwagen(中型統制乗用車)に載せるとそのまま後部座席に座った。
ドルマーが乗ってきた車の他に2台同じ車種の車が同行するそうだ。
車の後ろにつけられている幌は開かれておらずまた、外気にそのまま触れている状態なのでサラーナから貰った帽子を深く被りそのまま車は動き出した。
物凄い速さでこの広い草原を走り抜けているのだが体感的には速さを感じられなかった。
そして、休憩をはさみながら車に揺られること約5時間俺とドルマーは、Арвайхээр(アルバイヘール)にある日仏露連合の臨時基地に着いた。かなり長い間車に揺られていたがまだ、先は長いとドルマーは言った。
夜、食事を済ませた俺は乗ってきた車の近くに居た。
燃料の補給と整備を終え、翌朝には出発することになっている。
長く日に当たっていて、少し眠くなってしまった俺はあくびをした。
何かと手持ち無沙汰であったため補給品のM1911(拳銃)と、M1886(ライフル)を貰った俺は車にライフルを載せ空を見ていた。
もう少ししたら、寝よう…そう思っていた頃ドルマーがこっちに来た。
「昇(のぼる)さん、ここにいらしたんですね。」
「ああ、もう少ししたら寝るつもりだったんだけどね…。」
「そうですか。」
ドルマーは、特に疲れた様子もなく昇に話しかけてきた。
「明日は、もっと遠くまで行きたいものですね。」
「あのさあ…ドルマー?」
「はい、何でしょうか?」
少し疲れていた昇は、力の抜けた声でドルマーに話しかけた。
「まだ、行き先を聞いてないんだけど…。」
「そうでしたね…行き先は西安(シーアン)市にある日仏露連合基地です。片道40時間超なのでまだまだ先ですね。」
「そんなに…。」
「はい、本来であれば航空機で行くのが一番良いのですが燃料備蓄の為、要請が認められなかったので護衛と共に陸路で西安市を目指すことになりました。ちなみに、まだここは昇さんの世界の地図だとモンゴルの中ですね。国境線すらまだ、超えられていません。」
「…モンゴルは広いね。」
「この国が広いだけですよ。」
「その…ドルマー?」
「はい、なんでしょうか?」
「いやっ…まだ先は長そうだからさ…近道でもとか思ったりしてて…。」
「はあ…そういうことですか…確かに近道はいくらでも出来ますよ。道を外れて進めばですけどね。」
「それは、近道とは言わないと思うけど…。でも、それもいいかもね。もっと揺れは酷そうだけど…。」
昇がそう笑って言うとドルマーはその言葉に冷たく言葉を返した。
「ただでさえ、弾丸と薬莢を踏みつけながら移動しているんですよ。それに、この近道には危険があるんですよ。」
「虫とか蛇?」
「違います。地雷とピアノ線…それに、誰かの体ですよ。」
「それは、嫌かな…。」
昇は、何も無いかのようにそうドルマーに言った。
ドルマーは、一瞬驚いたが冷静に対処した。
「そうですね。…それじゃあ、私はこの辺で…。」
「うん、お休みドルマー。」
「はい、おやすみなさい昇さん。」
昇を後に、ドルマーは基地の宿舎の部屋に入った。
ドルマーの為に、日仏露連合が用意した部屋だった。
部屋の前には、帝国から派遣された女性兵士がいてドルマーは彼女に挨拶をするとそのまま部屋に入った。
そして、ドルマーはそのままベッドに倒れ込み枕に顔をうずめた。
目の下に温かいものを感じると枕が濡れてしまったのに気づきそれが涙であるとわかった。
「…。」
何で自分は泣いているのだろうか…。
そう思っている。
何百年という月日の中に居る自分が最後に泣いたのはいつだったのだろう…。
「…本当に…これでいいんでしょうか…。」
そう言葉を漏らした。
少なくとも彼は戦場に慣れようとしている。
薬を投与することでその働きは弱められており、思考そのものも鈍化しているはずだった。
だから、ドルマーは彼の言動がおかしくなることはないと思っていた。
それとも、その作用がドルマーの見当違いだったことに気がついた。
普通というよりも、昨日お互いが戦ったであろう戦場の近くで埋設されている地雷があるかもしれないのに昇は、何も問題がないように話していた。
恐怖を感じるのだろうと、ドルマーは思っていたのでそれは予想外の反応だった。
ドルマー本人は、慣れてはいるものの彼がそういう反応を示すことがとても悲しかった。
また、これは彼らに対しての処置が機能していることが確認できたともいえる。
だからこそ、ドルマーは同時に罪悪感を感じていた。
当の本人や、他の人々は自分がどうなっているのかは気がつかないだろう…。
心の保護と言えば気が少しは楽になるが、ようは彼らが戦えなくなるのを防いでいるだけだ。
「…ごめんなさい。」
ドルマーは小さくそう呟いた。
翌朝、昇とドルマーは車に乗り込み西安を目指した。
そして、出発してから5日後、休憩と道中の検問所を通りながら昇とドルマーは西安にたどり着くことができた。
モンゴル帝国西安市郊外 日仏露連合基地内戦時病院
「どうぞ。」
「ありがとう。」
運転手の兵士が後部座席を開け、俺とドルマーは降りた。
「はっ、お帰りの際はおよびください。荷物はお泊りになられるお部屋にお運びします。」
「ええ、お願い。それと、帰りのことなのだけど…。」
「なんでしょうか、ドルマー様?」
「カラコラムに向かう帰りの航空機は手配出来ていますか?」
「はい、兵員を輸送する為に西安咸陽空港に日仏露連合の航空機が用意してあります。」
「私は、Чингис хаан(ジンギス・カン = チンギス・ハーン)からの命によりしばらく滞在することになりました。」
「そうですか、他の航空機をご用意しましょうか?」
「ええ、具体的な日付は通達済みだからこの後すぐに確認してください。」
「了解しました。」
「それと、用意していた航空機には昇が予定通り搭乗しますので…。」
「わかりました、昇様の警護は連合の兵士ではなく帝国の兵士が行うことになっていますが…ドルマー様の命であれば連合の兵士に警護を任せられますが?」
「いえっ、結構…彼らには強く言っていますので…ただ、彼の身に何かあったときはそちらで対処してください。殺しても構いません。」
「…了解しました。…それでは、これで失礼いたします。」
そういうと、兵士は車に乗り込み病院を後にした。
彼は、どこか焦っているようにも怖がっているようにも見えた。
「それじゃあ、行きますか…。」
「えっ…ああ…。」
病院は、臨時に建てられたものだが綺麗ではあった。
モンゴル帝国に侵攻した連合が占領後に新しく建てた病院であり、特殊治療も行われているという。
俺は、この病院で坂上(さかがみ)杏樹(あんじゅ)伍長に会うことができ、数日後カラコラム行きの飛行機に乗りツエツェルレグ市へと戻った。
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